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【書籍化】愛する祖国の皆様、私のことは忘れてくださって結構です~捨てられた公爵令嬢の手記から始まる、残された者たちの末路~  作者: りょうと かえ
浅慮を突きつけられて

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17/31

17.情熱の終わり

 その日の夜、バネッサは完全に落ち着きをなくしていた。


 今夜は久し振りにベルモンドとの会食があるというのに。

 廊下を歩きながら、バネッサはぶつぶつと不満をこぼしていた。


「どうして、どうして……陛下はラセター侯爵に会いに行ったの!?」


 計画性のないバネッサだが、唯一ベルモンドの動向だけには目を光らせていた。

 否、それ以外の考えを持てなかったと言うべきか。


 バネッサの生命線はベルモンドだ。

 彼なしでは存在できないとバネッサも理解していた。


「……なんとかしないと」


 クロエとラセターの繋がりを知っているのは極少数のはずだった。

 この繋がりはクロエも極力、秘密にしていたほどである。


 ラセターはクロエの知性に気が付いた最初の人間だ。陰からクロエの知性を引き出し、貴族の裏側を教えていた。


 彼と接触したということは、クロエのことを探っているも同然だ。


「やっぱり陛下はクロエのことを……っ」


 ベルモンドとバネッサが結婚して三年が経っている。

 結婚初めの頃、バネッサは夜の生活をそれとなく牽制した。


 理由は単純でもっと遊んでいたかったからだ。

 子ができてしまえば夜会も控えなければいけない。


 ベルモンドはバネッサを心底愛しているし、子がなくてもそれは揺らがないと思っていた。

 最近はベルモンドのほうが乗り気ではなく、夜の生活は遠ざかっている。


 今ではこの判断が正解だったかどうか、バネッサにも自信がない。

 ふたりの間に子がいれば、変わっていたのだろうか。


 エスカリーナの正当な次代の王がいたら、きっと……。

 まとまらない頭で考えながら、バネッサは会食の広間に到着する。


 そこは広間というには狭く、派手な芸術品は一切ない古びて寂しい空間だ。

 並ぶ料理も質素そのもの、王家の食事とは思えなかった。


 青白い顔のベルモンドは先に座っており、気だるげに手をバネッサの座る席へと差し出す。


「よく来たな。今日はちょっと話したいことがある」

「陛下、私からも話があります」


 ベルモンドがメイドと執事に手を振り、広間から退出するように促す。


 王と王妃以外の人がいなくなり、広間はがらんとした。

 バネッサがベルモンドの前のテーブルに手をつく。


「クロエのことを探っている、というのは本当ですか?」

「……どこからそんなことを聞いた」

「じゃあ、事実なんですね」


 バネッサは自身の声が上擦るのを自覚したが、止められなかった。


「いまさらあの女を! クロエに何の用があるのですか!?」

「彼女は君の姉でもあるんだぞ、もう少し落ち着いてくれ」

「私の質問に答えて!」


 バネッサがテーブルを叩く。

 激したバネッサに対して、ベルモンドが鬱陶しそうに答えた。


「なら、いい機会だ。はっきりと答えよう。今、この国は危機的だ。打開策が――根本的な打開策が必要だ」

「だからクロエを呼び戻そうっていうのね……!」

「そうだ。可能ならそうしなければ」


 体調不良をにじませながらも、ベルモンドは断言した。

 これだけは譲れないとばかりに。


「もちろん、それなりの償いはしなければクロエも納得しないだろう……」

「嫌よ!」

「これはもう決めたことだ」


 ベルモンドが立ち、バネッサを上から睨みつけた。


「バネッサ、君はこれまで何をしてきた?」

「……っ!!」

「俺は俺で努力してきた。不足はあっただろうがな。だが、君は……夜ごと遊んでばかりだったんじゃないか?」


 ベルモンドがバネッサに近寄り、彼女の右腕を握った。


「三年前に俺たちは愛し合った。さらに親の決めた運命に抗って、国をモノにした」

「ちょっ、痛い……!」

「なのにお前はずっと好き勝手に……」


 ベルモンドの瞳には怒りの色がはっきりと浮かんでいた。

 これまでに見たことがないほど、彼は怒っていた。


「……俺たちが臥所を共にしなくなって久しいな」

「そ、それは……!」


 バネッサは口ごもり、身をよじる。

 子どもが出来れば奔放な王妃ではいられなくなる。


 だからこれまで、バネッサは先延ばしにしていたのだ。

 ベルモンドがバネッサを抱き寄せる。


「きゃっ!?」


 愛しい男、エスカリーナの王。


 そのはずの彼の胸の中にいて――バネッサは何も感じなくなっていた。

 もはや燃えるような恋はなく、あるのは王と王妃という仮面だけ。


 ベルモンドはもうバネッサを甘やかして贅沢をさせてくれない。

 それどころかあの女――クロエのように道理を語って、バネッサを縛り付けようとしてくる。


「俺との子が欲しくないのか」

「……っ」

「あの頃は散々、俺に愛していると言ったのに」

「今も私は……愛しているわ」

「変わったな。三年前ならそんな言葉だけじゃなく、俺に接吻のひとつもしてくれたはずだ」


 ベルモンドがバネッサを突き放すように、胸から離した。


「お前がそのつもりなら、俺にも考えがある」

「えっ……?」

「クロエに相応の座を用意するということだ」


 ベルモンドの冷たい決意を聞いて、バネッサがはっとする。


「ま、待って! それって……」


 ベルモンドはそのまま歩いて、広間を出ていこうとしていた。


「バネッサ、もう理解してくれ。この国はこのままでは終わりなんだ」

「だからクロエを、あの女をまた側に置くと言うの!?」

「そうだ。そうする必要がある」

「私はどうなるのよ!」

「……王妃だけで満足できない女に、俺はどこまで付き合えばいいんだ?」


 ベルモンドは吐き捨てるように広間から出ていく。

 ひとり広間に残されたバネッサは、扉が閉ざされるのを見届けると――。


「あああっーー!!」


 バネッサはテーブルの上にある食器を薙ぎ払い、グラスを床に叩きつけた。


 こんなに苛立ち、怒ったのは結婚してから初めてだ。

 ベルモンドは変わってしまった。


 あれほどバネッサを愛していたはずなのに、今では驚くほど冷たくなっている。

 さらにあろうことか、ベルモンドはクロエを呼び戻そうと認めた。


「なんで、なんで! どうしてなのよ!」


 バネッサは地団駄を踏み、用意された晩餐を壊し尽くす。

 それでも気分はちっとも晴れなかった。


「私は、私は……これで良いと思ったのに。あなただって、許してきたじゃない……!」


 わなわなとバネッサは両手を見つめる。

 良かれと思って、この手も毒で汚してしまった。もう後戻りなんてできない。


 にしても、ベルモンドに何があったのだろう。

 どこからこんなにも状況が変わってしまったのか。


「……! まさか、あのクロエの書いたものを読んでから……?」


 ベルモンドの胸から落ちた、クロエの書いたであろう手記。

 あの手記の日からベルモンドは明確に変化した。


 何が書いてあったのか、それはわからないが――バネッサを追い落とすことが書いてあったに違いない。

 クロエとバネッサは一緒に生活していた。クロエなら、どんな罵詈雑言も真実のように書けるだろう。


 昔なら信じなかったようなことも、今の不安定で神経質なベルモンドだったら……。

 自分のことを棚に上げ、バネッサは怒りの眼でベルモンドの去った扉を睨む。


「もう手段を選んでいられない……」


 躊躇していれば全てを失う。


 あの頃、何者でもなかった時に落ちて戻ってしまう。

 バネッサは爪を噛んだ。子どもの頃、レイデフォンで何者でもなかった時の癖のままに。

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