1.王の憂鬱
大陸のほぼ中央、山と川に囲まれたエスカリーナ王国。
慈悲深き女神の恩寵により、国土からは石炭が産出され、豊かな水とともに王国は小さいながらも、国民は豊かな生活を送っていた。
石炭は近年、実用化が進む蒸気機関に必須。どの国も石炭を欲した。
エスカリーナ王国は蒸気機関の発展とともに、急速に財貨を獲得していた。
ほんの百年前は吹けば飛ぶような、大国に併合されかねなかった脆弱な国であったのに。いまやエスカリーナ王国は幸運にも時代に選ばれていた。
と、大多数の他国は思っているのだが――しかし、その内実は危ういものであった。
白く、細長い王宮の廊下をエスカリーナ王国の若き国王ベルモンドが歩く。
「陛下、貴族の間で謎の病が流行っているようで」
「わかっている」
文官の答えに短くベルモンドが答える。
美しく切り揃えられた金髪が揺れ、蒼い瞳が文官を捉えた。
二十一歳のベルモンドの顔立ちは国民にも臣下にも愛される甘さがある。
実際、生まれながらの王太子として、ベルモンドは玉座に昇って王となったのだ。
「三十分後の会議の議題に入れろ。それとは別にきちんとした分析隊を派遣して……」
次の文官が書類を抱えながらベルモンドに矢継ぎ早に報告する。
「リンゼット帝国が北に侵攻を開始したようです」
「動いたか。あの軍国主義者め……」
そこでベルモンドはふらりと身体をよろめかせる。
立ちくらみだ。ベルモンドは廊下の壁に手をつき、息を吐く。
「陛下……!」
文官が悲痛な声を上げる。多発する問題に東奔西走を余儀なくされ、最近のベルモンドは明らかに過重労働であった。
「次の会議はお休みになられては? このままでは……」
「俺以外の誰がエスカリーナ王国を動かす?」
休むことはできない。
先代国王亡き今、ベルモンドだけがエスカリーナ王国を背負えるのだ。
ベルモンドに肩を貸した文官がため息を漏らす。
「……クロエ様がおられたら、あるいは」
「言うな」
ベルモンドも眉を寄せる。
最近、思い出すのは元婚約者のクロエのことばかりだ。
王国一の才女であったクロエ。
婚約破棄から三年経った今でも、こうして文官に言わしめる才能があった。
(……どこからおかしくなったのだ?)
ベルモンドは胸元を軽く押さえ、生温かい唾を飲み込む。
ふと、廊下のガラスに自分の姿が映ってベルモンドは驚く。
傷んだ金髪、痩せた頬。深い皺の刻まれた眉間。
遠目から見るだけの国民は気付かないだろう。
だが、確実にベルモンドは追い詰められていた。
ベルモンドは先ほど見つけた、小さな革表紙の冊子を胸元から取り出して抱きしめる。これは唯一の光だ。
「陛下、そちらは……?」
「……希望だ」
ぱらりと冊子をめくる。忘れもしない流麗な字。
元婚約者のクロエの字だ。この冊子はクロエが残した手記である。
手記はこのような書き出しから始まっていた。
『私がいなくなって数年後、もしお困りの際はお読みください』
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