第8話 子どもたちを隠した人間
私はあの子たちの事を、殆ど何も知らない。
それどころか、挨拶すらした事がない訳で。
「ねぇノイマン。この家には子どもが二人もいるのね」
夕食の時間。
一日の中で執事長のノイマンが唯一私の後ろに控える時間に、食事を口に運びながら尋ねてみた。
チラリと彼の方を盗み見ると、僅かにビクリと肩が揺れた。
なる程。
彼の様子を見て、私にその存在を伝える事を忘れていた、あるいは既に伝えたと思っていた訳ではなく、自覚的に私にバレないように二人を隠していたのだと確信する。
「……ゼリア様は、常識的な待遇と平穏をお望みのように見えましたので、関わる事のない同居人について、お伝えする必要はないかと思い」
「私がその子たちを虐めたりする事を恐れたのではなく?」
今度は執事の肩は跳ねない。
代わりにジッと睨むと、数秒の後、僅かに目が泳ぐ。
あぁ、これは有罪ね。
「あの子たち、旦那様の子どもなのでしょ? だとしたらまぁ、貴方の懸念も分からなくはない。普通、邪魔に思うものね。嫁ぎ先に、自分の血が通っていないタンコブみたいなのが二つもあったんじゃあ」
普通、嫁いできた女は、相手が自分を歓迎していなくとも、いや、歓迎していない時こそ顕著に、旦那様に好かれようと、旦那様の一番になろうと必死に努力する。
それは単純に、女は男に愛されなければ生きていけない世の中だからだ。
旦那様に愛されれば、屋敷内でも使用人から厚遇され、外でも旦那からのある種の後ろ盾により周りと仲良くしてもらえる。
もちろん後者はその旦那が地位的・人柄的にいい前提だけど、私の旦那らしき男は一応、対外的には『救国の英雄』に数えられる。
女がすり寄って損のない相手だ。
まぁ、私は別にその辺は、どちらでもいい……というか、どちらであろうと私自身を貫くと決めているので、気にしないのだけど。
そういう私の性格を知らない人間からすれば、旦那からの寵愛を受けるために邪魔な家族――しかも、家の跡取りになり得る前妻の子どもを排除すべく動いたり、支配すべく動いたりする懸念は十分にある。
しかし。
「ならば子どもたちに『私が敵』などという余計な情報は与えず、私に嫌がらせをしに来る事も、きちんと止めるべきだったわね」
「えっ」
「え?」
驚きの声が上がったので、私も逆に驚いてしまった。
「いえ、私どもは、ゼリア様とリトリド様、ニーケ様との間の接触を避けるよう、食事の時間を調整しただけです。『敵だ』などと吹き込んだ事実もありません」
ノイマンが「何故……」と口の中で呟く。
嘘をついているようには見えない。
きっと本当の事なのだろう。
となると、一体どこでそんな話を聞いてきたのかは疑問だけど。
「あの子たち、わざわざ私の部屋にまで来て石を投げたり、今日なんてついに私の散歩の後をつけて水をかけて馬鹿にして来たり。流石にどうかと思うわよ。言い訳をする機会を与えたら、拒否して私の顔面に水をかけて逃げたし」
だから。
そう言って、私はニヤリと笑う。
「ちゃんと話をする必要があるの。あの子たちの部屋の場所、教えてくれない?」
「……旦那様の許可が取れておりません」
「それは、旦那様が『私にあの子たちを会わせるな』といったという事? それとも言葉の通り、私にあの子たちを会わせていいか、確認していないから分からないという事?」
「……後者です」
つまり、彼は自身の独断で子どもたちを私に会わせないようにし『許可が下りていない』という言葉遊びで私の行動を制限しようとした、という事なのだろう。
――まぁ、そもそも初日から嫌味で牽制をしてきたような人間が、そんなすぐに私を主だと認めるような事は考えにくいとは思っていたけど。
私が嫌なのか、それとも子どもたちが大事なのか。
どちらだろう。
現時点ではまだ判断がつかない。
「あらそう、分かった。なら、それでいいわ」
そもそもあわよくばで聞いただけ、教えてくれないならそれでいい。
その代わり。
「じゃあ、自分で勝手に彼らを探すわ。盗み見るくらいの事は許してあげるけど、割って入るような邪魔はしないでね?」
これに関しては、有無を言わせない。
「邪魔をされたくないのなら、何故わざわざノイマンさんに宣戦布告のような事をしたんです?」
食後、部屋に戻る道中で、ミリアンからそう尋ねられた。
「自分で探すとなったら、大騒動になるでしょう? これでも一応あちらの心労を少しでも減らしてあげようと思ってした提案よ」
「大騒動にするつもりなんですね……?」
呆れ交じりのミリアンの言葉に、私はフッと口元に笑みを浮かべる。
「まぁ『普通に教えてくれたなら、探す労力が省けて楽できる』とも思ったけどね」
否定はしない。
だって彼女の言う通りだもの。
私に手を出し、せっかく作った機会も蹴ったのだから、彼らの悪事はこの屋敷内に正しく理解させないといけないじゃない。
§ § §
行動を起こしたのは、翌朝だった。
より正しく言うのなら、早朝だ。
「昨日、夕食後にすぐ寝た甲斐があったわ。お陰で元気いっぱいよ!」
「早起きに付き合わされる私の身にもなってください」
「あら。貴女だって私と一緒に、いつもより早く寝たでしょう?」
「生活サイクルが崩れるんですよ」
ムスッとしたミリアンを、「まぁ今日だけよ」と宥めておく。
こうして文句を言いながらも、結局彼女は付き合ってくれるのだ。
そういう子だから私の傍に、長年ついていられるとも言い換えられる。
だから私の軽い宥めの言葉にも、ため息一つで許容してくれた。
「それで、これから何をするんですか?」
「逃げ隠れする奴相手なのよ? そんなの――『狩り』に決まっているじゃない」
ニヤリと笑ってそう言って「それで頼んでおいたものは?」とミリアンに聞く。
彼女は私がお願いしたものを、きちんと用意したらしい。
「どうぞ。しかしこんな物、一体どうするというのです?」
「そんなの簡単よ、見てなさい」
言いながら、受け取ったフライパンを右手に、お玉を左手にそれぞれ持って。
「リトリド、ニーケ! 起きなさぁーい!!」
部屋のすぐ外、廊下に立った私は、朝の清々しい空気を目一杯に吸い込んでグッと腹に力を入れ声を上げた。