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第7話 これでも自重したのだけど



「大人の本気を見せてやるわ」

「ゼリア様ってこういう時、好んで相手の土俵に降りる傾向があるというか」


 濡れた服を着替え、すっかり髪を乾かし終わり、優雅なティータイム……と称して、分かりやすく、見えやすく、やりやすいように、わざわざいつもの自室ではなくテラス席で紅茶を嗜む私に、後ろからミリアンがボソリと言った。


「何か言った? ミリアン」

「いいえ。ただ、待ち受ける形なのだなと思って」


 あぁなる程。

 きっと先程、体を温めるために一度浴室に行った帰りから、ずっと下手な尾行を続けてきている小さな二つの影。

 それらを敢えてそのままにしている事について、言っているのだろう。


「見つけたからってすぐに捕まえるより、自分たちの企てが失敗して悔しがっているところを捕まえる方が、ずっと気持ちが梳くじゃない」

「そういうところが、ゼリア様が周りから『性悪』だとか『悪女』だとか言われる所以ですね、間違いなく」

「私は別に、性悪でも傲慢でもないわよ? 現に私から何かを仕掛けた事なんて、本当に数えるほどしかないわ。すべて、先に相手がしてきた事・していた事を返しただけ」

「倍返しくらいの過激さになりますけどね」

「やったのだから、やられる覚悟も当然ある人たちばかりでしょうに。外野っていつも大げさよね」


 私はこれまで一度だって、権力を振りかざして相手を押さえつけた事はない。

 ……まぁ相手がどう思うかはまた別だけど、少なくとも私自身が権力を持ち出してそういう事をした事はないのだ。


 脅していないって、文脈を見る能力があれば分かりそうなものだけど、そういう感覚に乏しい人たちは、勝手に折れたり騒いだり、挙句には謝罪として何かを送りつけたりする。

 それが私の『悪女』感に拍車をかける結果になっている。


「むしろ本当に権力を使えば、今までに幾つも取り潰しにできたわよ」

「その顔でその言い方では、明らかに悪女のソレですよ」

「あら、いけない」


 いつの間にか淑女らしからぬ顔になっていた事に、指摘されて初めて気が付く。


 ティーカップをソーサーに置いた私は、両手で顔を軽く挟み「いけない、いけない」と頬の辺りをむにむにとマッサージをしておいた。



 その時だ。

 後ろから何かが飛んできて――。


 傍に置いてあった銀盆で、顔面に向かってきたクッションを阻んだ。


「気付いてないと、思ったのでしょう?」


 言いながらパチンと指を鳴らす。



 ミリアンが垂れ下がっていた紐を引いた。

 その紐は私たちの視界の上から横に伸び、出入口まで繋がっていて。


 バシャーッという音がした。

 紐の先にあった吊るされたバケツが、中に入っていた水を落とした。


 その下にいた子どもたちは、当然の如く頭からずぶ濡れだ。


「貴方たちが、私に気付かれずに配置できて、すぐに逃げられる位置かつ、こちらを盗み見れる場所。そんなの、そこしかないじゃない。ねぇ?」


 言いながら、ビックリとして目をパチクリとさせた子どもたちの目の前まで歩いていく。


 彼らを見下ろし、ニヤリと笑った。


「私、貴方たちとは面と向かって話すらした事がないと思うのだけど。何故そんな相手を虐めるのかしら」

「ひっ!」


 弟の方が、慌てて兄の背に隠れる。


 それを庇うように、兄がグイッと前に出た。


「虐め? ハンッ! 悪者はお前の方だろ!」

「悪者? 一体いつ、私が貴方たちの悪者に? 貴方たちの方が先だったでしょう。私にとっては貴方こそ、私を虐める悪者よ」

「んなっ! お前はここに来るずっと前から、俺たちの悪者だろ! 嘘を吐くな!!」


 必死に声を張り上げた兄。

 その姿は、威嚇する小動物のようだ。


 自分が悪いとは微塵も思っていない表情。

 嘲るではなく必死に言い返す様が、私には自己防衛に見えて……。



 この子、本当に私が『先』だと思っているんだわ。

 でも何で?

 私にはまったく心当たりがないわよ?


「誰かに言われでもした? 私が貴方たちを脅かす悪者だって」

「言われなくても、分かるんだよ! そういうの、分かるんだからな!」

「失礼ね」


 せっかく歩み寄ってあげようと思ったのに、誰が『見た目で分かる性悪』ですって?


 片眉を上げると、兄の背中に隠れている弟が、わざわざこちらをチラリと見て喉を「ひぐっ」と鳴らしてまた引っ込んだ。



 それを見て、大きい方が私をキッと睨む。


「ニーケを虐めるな!」

「いつ私が虐めたのよ」

「今睨んだだろ?」

「睨んでないわよ、被害妄想甚だしいわね。むしろ今のは私の方が被害者だわ」


 まさかそんなふうに言い返されるとは思ってもいなかったのだろうか。

 兄の方がグッと押し黙る。


「で? 私に何か言いたい事があるなら、直接言いなさいよ。聞いてあげるから」

「……バッ、バーカ!」

「はぁ?!」


 イラっと来た私が声を上げると、兄の方が何かを手にした。


 竹だ。

 竹で作った、筒状の……何?


 竹筒のお尻をこちらに向けた。

 そこには小さな穴が一つ開いており、ついていた握りの部分を押し込むと、そこから何かがピュッと飛び出す。


「冷たっ!」

「ゼリア様!」

「大丈夫、水だか……って、ちょっと待ちなさい!!」


 気が付いた時には、大きい方が小さい方の手を引いて走り出していた。


 その背中を追う事はしなかったけど。


「ミリアン。私、一度ちゃんと冷静に話す大人の席を設けたわよね……?」

「え? まぁはい、そうですね。ゼリア様にしては、比較的」


 普段から容赦という言葉を知らないゼリア様にしては、ヌルいやり方だったと思います。

 そんなふうに続いた彼女の言葉に「ヌルいって、貴女の言葉も大概過激よね」なんて言って笑いながら、渡されたハンカチで濡れた頬と手を拭く。


「じゃあ次は、容赦は無用でいいわよね」


 一応、さっきまでは私なりに手加減をした。

 それは、別に「あの子たちが子どもだから」ではない。

 冷静に考えてみると、悪い子という訳ではないのかもしれない。

 そう思ったからである。


 でも。


「悪い子ではないにしても、与えた機会を活かせない子には、お仕置きの必要があると思わない?」


 今度は、こちらから動いてあげる事にしよう。

 

 

 


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