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第4話 ゼリアの在り方



 最初が肝心だもの。

 舐められたら終わり。


 主に、私の精神状態がね。


 だってそうでしょう?

 これから住む場所だもの。

 きっと毎日顔を合わせる相手だわ。


 そんな相手に逐一こんな態度を取られれば、少なからず苛立つ。

 小さな苛立ちも、蓄積すれば大きな波を生む。

 そんなものに煩わされたくはない。



 鋭い私の目に、言葉に、執事は少々たじろいだようだった。


 執事長のタイピンをしている男が動揺を顔に出すなんて、どうやらこの家の使用人は、かなりレベルが低いらしい。

 下級貴族の家の執事ならそれでも務まるかもしれないけど、侯爵家の執事長としては落第点だ。


 ……あぁそういえば『悲劇の狂戦士』の噂には、“屋敷丸洗い”という話もあったわね。

 妻の手垢が付いた調度も、妻に与し報告の義務を怠ったどころか、公然と妻の味方に回った使用人たちを一掃したという。


 という事は、この執事は間に合わせなのかもしれないわ。

 それならこうまで家格に合わない質の悪さである理由にも、納得はできる。



 その男が、幾らかの逡巡の後にこう言った。


「……旦那様はこの結婚が決まる前も後も、この屋敷に立ち寄る事もなければ、口を出す事もありませんでした。私は執事長として、すべき事をするだけにございます」

「そう」


 つまり、『旦那様の意向ではないけれど、この屋敷の総意には近い』。

 この男はそう言いたいのだろう。



 まず、「旦那様はこの結婚が決まる前も後も、この屋敷に立ち寄る事もなければ、口を出す事もありませんでした」という話。

 これは意図せず、とてもいい事を聞いたわ。


 ――普通の令嬢なら、「せっかく決まった結婚が、遠路はるばるの馬車旅を終えた先が、旦那の無関心から始まるだなんて」と、絶望でもするのでしょうけど、殊私に至っては、痛くも痒くもない。

 私はそこまで結婚に夢も見ていなければ、繊細な心を持ち合わせている訳でもないのよね。


 むしろ、とてもいい傾向だ。

 旦那様に全面的に放っておいてもらえれば、私は衣食住の整ったこの屋敷で、心置きなく制裁の準備に勤しむ事ができる。



 そのお礼……という訳ではないけれど、最悪を想像している様子の彼に、私はフンと鼻を鳴らす。


「旦那様の意向は、分かりました。ならばそのご意向に、貴方も寸分違わず従いなさい」

「それは、一体どういう……?」

「旦那様は私を、『冷遇しろ』とも言わなければ、『丁重にもてなせ』とも言わなかったのでしょう? ならば常識の範囲において、放置するのが最適よ」


 失礼にも、執事が「は?」と間抜けな声を発した。


 表情からも声色からも、私を嘲り笑っている雰囲気ではない。

 この男がどんな女を想像していたかは知らないけど、私があまりに優しすぎておそらく拍子抜けでもしたのかしら。


 もっと私が我儘に、たとえば「最厚遇しなさい!」とでも要求すると。

 そしてこの屋敷で贅沢の限りを尽くそうとしている、と。



 ……叔父夫婦なら、そんなふうに要求したかもしれないわね。

 私はあの人たちとは違うけど。


 そして私は、そう甘くもない。


「好きにしなさい。――まぁこれで結果として私が冷遇と感じるような事態になった時は、《《ルー侯爵家の》》常識を疑う事になるでしょうけど」


 最後にきちんと刺しておく。



 これで私を厚遇するのなら、一度示した意志をこの程度で翻す日和見者。

 冷遇するのなら、ただの馬鹿。

 常識を正しく行うのなら、意志を曲げない頑固者か、一本通った意志の持ち主。


 さぁ、この屋敷の者たちは、どう出るかしら。

 お手並み拝見と行こうじゃない。





「ゼリア様には、こちらのお部屋を使っていただきます」


 初対面からあんな言葉を貰ったものだからどんな部屋が用意されているのかと思ったら、案内されたのは意外にも日当たりのいい部屋だった。



 一瞥した限りでは、室内はそれなりに掃除されている。


 調度は多少年季が入っているし、木製家具の色が一部色褪せているのは、日当たりのよさの弊害だろう。

 しかしどれも物はいいし、ベッドのシーツや用意されているウェルカムティーの準備に伏せられている茶器なども、清潔感は十分に担保されている。


「茶葉は、ダージリンで問題ないでしょうか」

「えぇ。でも」


 室内に入って早々に、私は執事に答えて振り返った。


「お茶は私が淹れるわ。お湯を用意してくれれば十分よ」


 彼の顔がひどく緊張する。

 私が先程の事で怒っているか、警戒しているか。

 そのどちらかだとでも思ったのかしら。


 だとしたら、主の顔色を窺う能力くらいは最低限あるようだけど、完全なる的外れよ。

 ……ここで弁解しておかないと、後から面倒な事になりそうね。


「私、可能な限り以前までの生活を変えたくないの。だから貴方に何か含むところがあって、自分で紅茶を淹れたい訳ではないわよ」


 昔から、紅茶は自分で淹れていた。

 単にそれを続けたいだけだと伝える。


「ちなみにこれ、別に貴方のためを思って言ってあげているのではないわよ? そもそもね、私は過度に敬われたり、気にされたり、恐怖されるのが嫌なのよ。だって煩わしいんだもの」


 つい先ほど「相手の出方を窺おう」と思っていたばかりなのに、少しヒントを与え過ぎたと思わなくもないけど、まぁいいわ。


 こらえ性がないのは、いつもの事。

 既に口から出てしまった事をもう一度仕舞う事はできない以上、これ以上それに付いて考えても仕方がない。



 執事は、どう反応していいのかとでも言いたげな顔になっていた。

 そんな私たちの間を取り為したのは、一人のメイドだ。


「ゼリアお嬢様は、そういう方なのです。悪気も嫌味もなくただ単に、こういう性格の方なのだとご認識ください」

「あら、いたの。ミリアン」

「えぇ。元の屋敷から出発した時から、ずっと」


 サラリとそう答えた彼女が、再び執事に目をやる。


「こういう事を悪気なく言う方です。よく言えば、裏表がない方なので」

「その言い方では、悪い言い方があるみたいだわ」

「何事も、『良し』があれば『悪し』もありますから」

「それはそうね」


 流れるような私たちのやり取りに、執事は目をパチクリとさせている。



 しかしハッと我に返り、一礼をしてその場を辞す――直前に、彼は真面目顔でこう告げた。


「屋敷の離れには立ち入らないでください。私どもがただ一つ奥様にお願い申し上げるのは、これだけです」


 ふぅん?

 私に、禁止事項ねぇ?




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