第12話 子どもたちの選択
「ゼリア様は、あの子たちがまた来ると思いますか?」
「さぁ、どうかしらね。あれだけやって、それでももしまた何かを仕掛けてくるのなら、私の見立てが間違っていた事になるのでしょうけど」
話に来るか、関わりを断つかは、正直に言って五分五分だ。
そして私は、どちらに転んでも問題ない。
つまり、どちらにしろ私の勝利である。
「勝ち誇った顔をしないでください。大人げないです」
「別にいいじゃない。大人げなくても、気にしないわ、私」
「気にしてください」
知らんぷりしよう。
ツーンと他の方を向いたところで、視界の端に何かがモゾリと動いた。
それが何かは、すぐに分かった。
警戒心はあれど、敵意は消えた彼の目に、私は「そうか」と納得した。
「話に来たのではないの? それとも怖気づいたのかしら」
「お、怖気づく筈なんてないだろ!」
壁から覗いてキャンと吠えたリドリトが、足を不自然に踏み鳴らしながらやってくる。
まるで威嚇でもしているかのようだ。
その様がキャンキャンと吠える小型犬を彷彿とさせて、何だかちょっと微笑ましい。
「笑うな!」
「あら私、笑ってる?」
近くにいたミリアンに聞いてみれば、「はい」という声が返ってきた。
「だとしたら、貴方が来てくれて嬉しいからだわ」
「なっ!」
ボッと顔を茹でダコのようにした彼に、私は「どうしたの?」と首を傾げる。
「そ、そんな事を言っても無駄なんだからな! 今日はお前が悪者だって、俺が暴きに来てやったんだ!」
「そうなの。ありがとう」
「は?」
「私が悪者だって思う人はこの世にたくさんいるけれど、私を悪者だと思っていてそれをこうして直接確かめに来てくれた人は、多分貴方が初めてだわ」
これは紛れもない事実だ。
それが嬉しいのも、また事実。
「座って。お茶を淹れるから」
「……お前が淹れるのか」
「えぇそうよ」
私がティーポットを触ったのを見て、おそらく疑問に思ったのだろう。
先程までのつっけんどんな態度とは違い、困惑気味な声が返ってくる。
これまで私のティータイムを何度か邪魔しに来ていたけど、もしかしたら私が手ずから紅茶を淹れているところは、見た事がなかったのかもしれない。
「ど、毒でも入れるんじゃないだろうな! ニーケに何かしたら絶対に許さないぞ!」
「しないわよ、そんな面倒臭い事」
「めんどうくさっ?!」
「大丈夫。私も同じティーポットから、同じお茶を飲むわ。それでどう?」
言いながらも、ティーポットを扱う手は止めない。
もし彼らが紅茶を飲まなくても、私は飲む。
むしろこれは、私が飲む紅茶のついでに、彼らのも淹れてあげようという試みだ。
「……まぁそれなら」
「そう。じゃあ、座りなさい」
再度促せば、今度は仕方がなさげにまずリドリトが、その兄に倣ってついてきていいた弟のニーケも、やっと席に着いてくれる。
いつものように温めたティーポットのお湯を一度捨て、茶葉を適量入れた上から適温のお湯をコポコポと注ぐ。
蓋を閉め、ポケットから出した時計を確認。
あとは数分蒸らすだけ。
「その懐中時計、一体誰から奪ってきたんだよ」
「これは父の物よ」
「ふんっ! お前の父親は、女に不要な物でもお前が『欲しい』って言えば、何でも与える奴なんだな! だからお前みたいな、朝っぱらからおかしな方法で子どもをあぶり出す非常識な奴ができるんだ!」
おそらく彼は、私に喧嘩を売りたいのだろう。
それが単に私という『悪』への恐怖の裏返しなのか、それとも怒らせて本性を引き出してやろうとしたのかは分からないけど。
「あら、それは違うわよ」
あまりにも見当違いの事を言うので、思わず素で笑ってしまった。
「もしお父様がまだ生きていたら、私はあんな強引な方法、絶対に思いつかなかったと思うわ。私の過激な部分の七割は、両親が亡くなり身寄りがなくなった私を引き取った、叔父夫婦の所業に影響されているのよ。残念ながら、心外にもね」
元々「叔父夫婦のやり口を意図して参考にしてやろう」だなんて、一度も思った事はない。
しかし気付けば私のやり口や思考が、叔父夫婦のそれと似てしまった。
その事を自覚した時の絶望ったらない。
なんせ、自分がこの世で一番恨んでいる相手だ。
憎んでいる相手と似ているなんて、自分で自分が嫌になりそうだった。
それでも今こうして私が私として在れているのは、両親の存在があったから。
両親が愛してくれた私を、私はずっと守っている。
元々私が掲げる「正しき行動」という名の理念は、両親こそが掲げていたものだ。
二人は私にそう在って欲しいと願っていたけど、それ以上にあの二人がそういう人たちだった。
――まぁ私よりは随分と物腰も柔らかく、周りともうまくやっていたけれど。
「お前、父親がいないのか」
「えぇ、母も。私が七歳になった頃にね。この時計は、その父の形見よ。だからいつも傍に置いて、こうして毎日使う。自分で紅茶を淹れる機会でもないと、一日に何度も使う機会なんてないでしょう?」
まぁ自分で紅茶を淹れるようになった理由は他にもあるけど、続けている理由は結局コレだ。
「男物でも、綺麗な装飾の銀時計だしね。使わないと勿体ないじゃない? お父様も、『いい物は、観賞用として綺麗に保管しておくより、ちゃんと使ってやるべきだ』といつも言っていたし」