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政略結婚で継母になったけど、私は【断罪】がしたい ~義理の息子たちを教育しつつ、制裁の準備を進めます~  作者: 野菜ばたけ
【第二章】第二節:『禁止』との対峙

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第10話 私の言い分



 室内には二人の子どもたちがいた。


 おそらくどちらか一方の部屋なのだろう。

 室内に一つだけあるベッドに、二人で身を寄せ合うようにして座っている。


「おはよう、二人とも」

「ひっ!」


 ただの挨拶に、怯え切った小さい方が今日も兄の後ろに隠れた。

 一方兄は敵意むき出しで、こちらをキッと睨み付けて吠える。


「おいお前! 今はここにノイマンもいる! そんなので俺たちをお仕置きしようったって、そうはいかないんだからな!」

「お仕置き?」


 言いながら彼の視線をの先を目で追ってみたところ、どうやら私の持つフライパンのせいらしい。

 可愛らしい考えに、思わず笑う。



 そもそもこのフライパンは、使用人たちに異常を敢えて知らせ、守らせる事で逆に居場所を特定するためだけに、ミリアンにこっそり厨房から調達してきてもらった道具である。


 暴力に使うつもりなど、毛頭ないのだが。


「私はゼリア。貴方の名前は?」

「それを放せ!」

「お名前は?」


 敢えて否定はしなかった。

 代わりに今度はゆっくりと、一音一音切って尋ねれば、彼はビクッと肩を震わせて、やっと少し譲歩する気になったらしい。


「……リドリト! 分かったら早くそれを放せ!」

「ですって。ミリアン。ちょっと持っていて」

「はい」


 少し素直になってくれたところで、私もお返しに譲歩を示す。

 呆れた様子のミリアンにフライパンとついでにお玉も預け、手ぶらになって改めて彼とまっすぐ対峙する。


「お前、別に聞かなくても俺たちの名前を散々叫んでたじゃないか」

「あら、人間関係はまず挨拶からなのよ? 自己紹介なんて、挨拶の最たるものじゃない」


 互いの名前を知っていても、初対面の相手に対しては名乗るのが礼儀。

 これはどこの社交場に行ったって当たり前のように必要な事だ。


 それを、まだ六歳の弟の方は未だしも、今年十二歳にもなる子――既に社交界デビューが済んでいる兄の方ができないというのは、些か以上に問題がある。


 でも、できないのなら、知らないのなら、矯正すればいいだけの話だ。

 これは大人が子どもに教えるべき、最低限の礼儀である。


「それよりも、昨日、話の途中で逃げたでしょう? だから今度は私の方から会いに来てあげたわよ」

「別に呼んでない! こんな方法で来たって、何も話してなんてやらないからな!」

「そう。なら明日もまた、朝に来るわ」


 今度は隣に座って、優しく起こしてあげるわね。

 そんなふうに続けたところ、彼は「ふざけるな!」と顔を怒らせた。


「そんなふうに大人が子どもを虐めてさぁ、お前、恥ずかしくないのかよ!」

「あら。実害のない私の訪問なんて、貴方たちが私にした実力行使に比べたら随分とマシな意地悪だと思うけど」

「お前が悪者なのが悪いんだろ!」

「私は悪者ではないわ。昨日もそう言った筈よ」


 兄・リドリトがグッと押し黙る。

 後ろ暗いところがなければ、こうはならない。

 本人も、曲がりなりにも自分が悪い事をしたという自覚くらいはあるらしい。


 しかし、これで許してあげるには、昨日の彼らは少しおいたが過ぎた。 


「貴方たちは、話した事もない、知らない私に、何一つ声をかける事もなく、一方的に実力行使を続けた。頭から突然水をかけられたら誰だって嫌だという事をもしかしたら知らないのかと思って、同じようにしてみたけど。貴方は怒ったわね。でも一度も謝らなかった。私が話をしようと言っても、水を浴びせて逃げてしまった」


 弟のニーケがリドリトの服のギュッと握ったまま、何も言わない兄の事をチラリと見上げて「兄さま……?」とその顔色を窺う。


「もしかしたら、貴方の周りの大人たちは、これまで貴方のそういう振る舞いに何も言わなかったのかもしれない。でも私は違うわ。貴方の事を知らない私は、貴方に同情なんてしない。何の躊躇もなく言ってあげる」


 そう言って、ビシッと彼を指さす。


「それってとてもよくない事よ!」



 室内に、些かの沈黙が流れた。


 ずっと話していた私が、言いたい事をすべて言い切った。

 だからこその沈黙だったのだが。



「え、まさかゼリア様、それだけですか?」

「? 当たり前じゃない。貴方も見てたでしょう、ミリアン。この子たち昨日、私に謝らなかった。人の道に反しているわ」


 背筋を伸ばし、心に余裕を持ち、公平な目で、正しいと思う事をしなさい。

 私がずっと支えにしてきた両親とのこの約束は、もちろん今でも守り続けている。


 その上で、彼らの行いは正しくないと思った。

 私自身がされた事への怒りを一旦横に置いて考えても、やはり対話もせずに一方的に相手に手を出すのは褒められた事ではないし、悪い事をした自覚があるのなら相手にきちんと謝るべきだ。


「身分とか、立場とか、関係ないわ。悪い事をしたら『ごめんなさい』。そんな簡単な事一つ、この子にできないとは思えないもの」

「え……」


 驚いたような声を漏らしたのは、ミリアンでもノイマンでもなく、リドリトだ。



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