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第1話 爵位転落と、やんわりとした婚約破棄



 叔父夫妻のせいで爵位を降格され、やんわりと婚約破棄までされて。

 人生のどん底に到達した中で上がった、政略結婚の話。


 相手はヤバい噂のある奴で、まぁ私も訳アリだから仕方がないかと、結婚を受け入れて嫁いできた。

 だから高望みなんて、一つもしていなかった……けど。


「あれぇ? おばさん、何で頭から水被ってんのー?」

「お風呂はここじゃないって、知らないの? ……で、よかったっけ、兄さま」

「合ってる合ってる」


 如何にも気が強そうな、兄。

 いつも兄の後ろをついて回っている弟。


 目の前にいるのは、結婚した瞬間に降って湧いた、十二歳と六歳の大きな息子たち。

 嫁いできてから一度たりとも顔を合わせに来る様子がない夫はとりあえず横に置いておいて、継母とはいえ母に……いえ、目上のレディーに対するこの言動。

 基、暴虐の数々。


「上等じゃない」


 ピキッと額に血管が浮く。


「私、まぁこの結婚も悪くないかなー、と思い始めていたのよ? 夫は私に無頓着で、衣食住にも困らないどころか安定供給。今までの生活とは大違いだわ。でも」


 別に、この子たちに「今すぐ私を母だと思え」とは言わない。

 むしろそんなの、私だって困るし。

 だって私、この子たちの親になる気も、覚悟もないもの。


 それでもそれなりにうまくやれればなって、母には、親にはなれなくても、年の遠い友人か、最低でも干渉し合わない同居人くらいにはなれればいいかなって。

 そう思ったの。


 でも、そちらがその気なら、容赦はしないわ。


「制裁の準備を始める前に、お前らの性根を叩き直す!」


 大人げないとは言わせない。

 だって、大人だろうが、子どもだろうが、この世には言ってはならない事とやってはならない事があるもの。

 それを人は「礼儀」と呼ぶのでしょう?


 それができない子には年齢問わず、分かってもらわねばならないでしょう?

 それこそその相手がまだ年端もいかぬ子どもなら、親でなくとも大人には、先人として教えてあげる義務が少しはあるわ。


「まず、私はおばさんではない! 次に、他人に突然水をぶっかけるものでもない!」


 既にピューッとこの場から退散していったこの子どもたちの消えた廊下に向かって、私は思わず声を荒げた。


 嫁ぎ先で最初に為すべきは、どうやら義理の子どもたちの教育らしい。



 § § §



 そもそも我が家には、いい噂が一つもなかった。


 傲慢な態度。

 金遣いの荒さ。

 不正の温床。


 数えたらキリがない程の数の噂が蔓延る社交界で、随一の悪い噂を孕んでいる我が家。


「先代までは、こんな事もなかったというのに」


 そんな言葉がどれだけ漏れ聞こえてきた事だろう。

 最早数えきれないが、まぁ今はそんな事などどうでもいい。



 私は七歳に差し掛かる数日前に、馬車の事故で両親を失った。

 そして叔父夫婦に育てられた。


 七歳から社交界デビューで、貴族教育は四歳から徐々に始まっていたから、その時点で既に一通りの教育は終わっていた。

 でなければきっと今の私は、知識もなければ常識もない、恥ずかしい令嬢になっていた事だろう。



 叔父夫婦は私に物を与えなかった。


 食事や身だしなみや社交界に出るための服など、見栄を張るための物には金を使ったけど、家では叔父夫婦に引き取られて以降、私物など一つも買ってもらった事がない。


 公爵家の当主だったお父様が亡くなって、叔父夫婦が引っ越してきた形だ。

 お陰で元からあった思い出を「最初からこそにあった物」として気に留められなかった事が、幸いした。



 両親の守ってきた家を彼らの醜悪で傲慢な行動によって貶められて、腹が立たない筈がなかった。

 それに反抗した事もあった。

 しかし所詮は、子どもと大人。

 物理的な力も周りへの影響力も、どうしたって勝つ事はできなくて。


 どれだけ怒りを露わにしても、あいつらを止めるには足りなかった。



 元々気性は荒い方だ。

 口も悪い。

 態度もデカい。

 それでも私は両親に恥じない自分であるという自信があるけど、その自信もおそらく周りには叔父夫婦と同種の傲慢に見えていたのかもしれない。


 そんな私を、叔父たちは少なからず邪魔に思っていた。

 しかし私も彼らに対して、ある疑惑を持っていた。

 到底信じるに足る相手ではなかった。

 好きになれる筈もなかった。



 そんな中、国王陛下からの召喚状が我が家に届いたのだ。

 そして今私は叔父夫婦と揃って、王城の謁見の間に呼び出されている。



「裏金を作っての、国税の一部隠蔽が認められた。これまでも再三貴殿らには、自らの行いを顧みるようにと忠告していたが……まったく言葉が届いていなかったのか、それともこちらを騙せる気でいたのか」


 陛下の冷え切った声が響く。


 国税を納めていなかった?

 再三の忠告があった?


 そんな事、私は何一つとして知らない。



 流石にここで問い詰める訳にはいかず、代わりに二人の方をバッと睨むと、こちらの視線になどまるで気が付かない、青い顔をした二人がいた。

 それを見て、確信する。


 ――すべて、陛下の言う通りだったのだろう。


「よって、ヴァンフィーリン公爵家を子爵家に降格。領地を現在の場所から東の端に移し、一年の王都での社交を禁ずる」

「そっ、そんな! 陛下、もう一度お考えを!」

「これでも十分に寛大な措置である。そうだろう? ゼリア」

「……はい」


 当然だと思った。

 それ程の事をこの二人はしたのだ。


 巻き込まれるような形でこの場に呼ばれた私。

 どれだけ関係がなくとも、叔父夫婦が保護者である以上、同じ罰を受けなばならない私。


 それを分かった上でもわざわざ私に――子爵家の娘に尊き王族が話題を振るのには少し違和感があるが、それも理由は分かっている。



 未婚の王族と年の近い公爵家の令嬢というものは、当たり前のように結婚相手の候補として挙がる。


 王族には、私と同年代の王子がいる。

 だから婚約者として、私の名も挙がっていた。


 しかし公爵家でなくなる以上、そんな未来はもう来ない。

 おそらく陛下はそれを今ここで、私自身の口で返事をさせる事で釘を刺したのだろう。

 ――「潔く諦めるように」と。



 それで済むのなら、寛大な措置だ。

 連座で首切りなんて、目も当てられない。

 再三の注意の末という事ならば、家ごと取り潰すのには十分な理由だ。

 そうでないのだから、優しい措置だ。



 私がすんなりと認めた事が、余程気に食わなかったのだろう。

 叔父と叔母がキッと睨み付けてきた。


 如何にも「もう少し食い下がれ、この役立たずが!」とでも言いたそうな顔だけど、その顔さえ陛下に見られている事に、どうして気が付けないのだろう。

 これ以上王族からの不興を買わないためには、むしろ最善策を取ったと思うけど。



 残念な事に、私が叔父と同様に食い下がるとでも思っていたのだろうか。

 見れば陛下も、少し拍子抜けしたような、驚いたような顔になっていた。


 そんな顔をさせるくらいには、家の悪評は私の悪評にも直結していたようである。

 


 ならばこの婚姻は、私にとってもなくなった方がよかった話なのかもしれない。

 だって私、ありもしない事を疑われたり、やってもいない事を揶揄されたりするの、大嫌いだもの。


 そう思ったけど、勿論そんな感情を最後まで顔に出さないように努めた。


 だって、『いつでもどこでも、貴族の娘であるという自覚を持ちなさい』。

 『背筋を伸ばし、心に余裕を持ち、公平な目で、正しいと思う事をしなさい』。


 そんな亡き両親の教えを、私は今ちゃんと守れているから。

 そんな自分を誇らしく思うから。

 だから二人の教えに背く自分には、貴族の娘であるという自覚を失い取り乱す自分には、何がどう間違ってもなりたくはなかったのだ。







「ふっざけんな! あのクソ叔父とクソ叔母!!」


 王城からの帰宅後。

 私は、本当なら叔父と叔母自身に向けたかった怒りを、自室のベッドへと向けていた。


 握った拳は、ボスンという小さな音を立てて、殴った枕に威力を吸収される。

 それでも気持ちは収まらない。




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