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第2章:悪魔嫌いの神父と、軋む廃教会

僕は、獅堂 守という男から発せられる圧倒的な威圧感と、体内のベリアルからくる激しい痛みに挟まれ、動けなくなっていた。獅堂は、僕の恐怖や体調不良を無視し、「闇の核を調べさせる」という、僕にとって最も恐ろしい提案をした。


「……あの、調べるって、どうやって……ですか?」


かろうじて絞り出した声は、ひどく掠れていた。僕がこの場に来たのは助けを求めるためだ。しかし、目の前の神父は、僕を助けるというより、僕の内にいる悪魔を駆逐することにしか興味がないように見えた。


「心配は要りません。私の調査は、貴方の肉体を傷つけるものではありません」


獅堂はそう言ったが、その瞳は冷たく、一切の優しさを含んでいなかった。彼はカソックの懐に手を入れ、一つのものを取り出した。


それは、風化して黒ずんだ木製の十字架だった。手のひらほどの大きさで、使い込まれているのか表面は滑らかだが、その端からは、厳格な力が放たれているように感じられた。


「貴方の体内にいる悪魔は、この教会の聖域に留まっているだけで、既に激しい苦痛を感じているはずです。その憎悪と高慢を、私が少しだけ増幅させるだけです」


「ちょっ……待って!」


僕は思わず声を張り上げた。体内のベリアルが、彼の言葉に激しく反応したのを感じたからだ。胃の腑がねじ曲げられるような感覚が強まり、冷や汗が吹き出す。


「この程度で、私の威厳を試すつもりか、哀れな神父よ。その錆びた十字架で、私に何ができると思う?」


ベリアルは、僕の頭の中で怒りを露わにした。その怒りが、僕の精神にまで浸食してくる。


獅堂は、ベリアルの意識が僕を通じて発せられたことを察し、冷たい笑みを浮かべた。それは、勝利を確信した者の嘲笑ではなく、憎悪の対象を前にした静かな歓喜のように見えた。


「貴方が苦しむ姿が見られるだけで、私は満たされますよ、悪魔」


獅堂は、何の躊躇もなく、その黒ずんだ十字架を僕に向かって、静かに突き出した。


ドン!


十字架が僕の体に触れる寸前、目に見えない強烈な波動が僕の胸から腹のあたりを襲った。それは、僕の心臓そのものを掴み、捻り潰そうとするかのような激しい痛みだった。


僕は耐えきれず、床に膝をついた。喉から嗚咽が漏れる。


「ぐっ……あ、あああ……!」


僕の体内のベリアルが、猛烈に抵抗しているのがわかった。


「やめろ、人間の分際で! この器を傷つければ、貴様は私を再び封印する手段を失うぞ!」


ベリアルの声は、初めて明確な動揺を含んでいた。


獅堂は、僕が膝をついたのを見ても、一切表情を変えなかった。まるで、僕の苦痛は無視すべき雑音であるかのように。彼の関心は、僕の体から放出される闇の波動だけに向けられている。


「随分と衰退したとはいえ、さすがは序列一位の悪魔。この残滓に、まだこれほどの憎悪のエネルギーを宿しているとは。そして、驚くべきは、宿主」


獅堂は、十字架を僅かに引き、僕の胸を凝視した。


「貴方は、この憎悪に耐え、意識を保っている。あの悪魔の威圧と、私の聖なる力の二重の負荷を受けてなお、己を保つ。貴方の精神の闇は、悪魔の力をも凌ぐほどの深さがあるようですね」


彼の言葉は、褒め言葉ではない。僕の孤独や絶望が、ベリアルにとって最高の居場所を与えているという、皮肉だった。


痛みに耐えながら、僕は歯を食いしばった。獅堂の行為は、僕を苦しめるものではあったが、同時に真実を教えてくれた。この神父は、ベリアルの力を正確に測っているということ。そして、僕がベリアルの支配から逃れられる可能性が、ゼロではないということ。


「……もう、いい、ですか」


僕は力を振り絞り、息を整えながら尋ねた。


獅堂は静かに十字架を下げた。体内にあった激しい痛みが、急に引いていく。僕は荒い息を繰り返しながら、床に手をついたまま立ち上がった。


「結構です。貴方の体内にいる悪魔の核の位置と、活性度は把握しました」


獅堂は、僕をまるで実験動物かのように扱いながら、静かにカソックの裾を払った。


「今夜はもう、貴方を調べる必要はありません。教会の二階に、誰も使っていない部屋があります。そこを使えばいい。ですが、決して許可なく教会の奥の部屋や、祭壇に近づいてはならない。貴方が規則を破るか、悪魔の支配下に入ったと私が判断した瞬間、貴方を容赦なくここから追放します」


それは、受け入れではなく、一方的な契約であり、警告だった。


「そして、悪魔」


獅堂は、僕の目を真っ直ぐに見つめたが、その言葉は僕の中にいる堕天使に向けられていた。


「貴様には、二度とこの少年の口を借りて、私に話しかけることを禁じる。貴様は、この場所で、私に駆逐されるのを静かに待っていればいい」


獅堂は、僕の返事を待たずに、教会の裏手の暗い廊下へと静かに歩き去った。彼の背中は、厳格で、孤独で、そして悪魔への憎悪という鋼の意志に貫かれていた。


僕は、床に一人残された。全身の疲労と、体内に残るベリアルの怒りと、神父の冷たさ。


僕は、この廃教会で、悪魔と神父という、二つの地獄に挟まれた奇妙な生活を始めることになったのだ。

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