第4章:闇の制御と、転校生の不気味な微笑
激しい光が悪魔の群れを一掃した後、僕とルカさんは急いで教会へと戻った。ルカが一切疲労を見せなかったことが、僕の心をわずかに強く支えてくれる。
しかし、教会に入ると、待っていた獅堂神父の表情は重い緊張感を放っていた。
「お戻りが遅くなりましたね。街中で悪魔の波長が異常に活性化していました。一体何があったか教えていただけますか」
獅堂神父は、硬質な美貌をさらに険しくして、僕たちに尋ねた。彼の目には、僕の安全を危惧する強い光が宿っている。
ルカさんは、いつもの明るくチャラい調子で答えた。
「トランキッロ(落ち着いて)、シドー。下っ端の悪魔が数体、憂くんの波長に誘われて現れただけだよ。僕がアッティヴ・フォルトゥーナ(全力の光)で、一瞬で浄化したから、ノープロブレム」
獅堂神父は、ルカの言葉を聞きながらも、僕の顔を鋭く観察し、僕の震える手に気づいた。
「一瞬であっても、下級悪魔の群れと対峙した事実は無視できません。憂さんの魂の揺らぎが、悪魔を引き寄せている。訓練の密度と強度を、すぐにでも上げるべきだと私は考えています」
彼の声には明確な焦りが滲んでいた。彼は、僕が悪魔に食い荒らされる前に、僕自身を守れる力を身につけさせたいと、強く願っているのが伝わってくる。
「ちょっと待ってよ、シドー」ルカさんが、軽い口調で獅堂神父をやんわりと制した。
「シドーの心配はコンプレンデレ(理解できる)けど、智の訓練は、憂くんの精神を極度に消耗させているんだ。悪魔の知識を一方的に詰め込みすぎると、ベリアルに思考の隙を与えることに繋がりかねないよ。今は焦るべきじゃない。智と力、そして休息のバランスがディレッタ(正しい)んだからさ」
ルカさんの冷静な判断に、獅堂神父はぐっと唇を噛みしめ、悔しそうに俯いた。
獅堂神父による新たな守護の儀式
「しかし、この状況を放置することは、私の神父としての職責が許しません。ルカ神父。ヴェスタから得た情報、『氷室怜央の波長が下級悪魔を集めている』という事実は重大です。憂さんの体内の結界を、今夜最上級のものにしましょう」
「アッコルド(賛成)だよ」ルカさんが頷いた。
僕は、教会の祭壇の前に立たされた。ルカさんが、僕の全身に聖油を塗布し、体内のベリアルの法則を再抑制する。
そして、獅堂神父が、厳かな表情で祭壇の前に跪いた。彼の姿勢は、完璧なまでの規律と、神への絶対的な忠誠を示している。
「DEUS OMNIPOTENS(全能の神よ)、ADJUVA NOS(我らを助けたまえ)」
獅堂神父は、低く、しかし力強い声で厳粛な祈りを捧げ始めた。
「この聖なる器、蓮見憂に、天上の光をもって、鉄壁の守護を施したまえ。悪魔の粘着質な悪意と、傲慢なる者の策謀から、その魂を永遠に隔離し、清めたまえ。」
僕の身体が、温かく、強い力に包まれるのを感じた。それは、獅堂神父の祈りの強さと、僕を絶対に守るという強い意志の現れだ。
「これで安心してください。この聖油と祈りの結界は、下級悪魔の波長を数日間は完璧に遠ざけてくれると思います」
獅堂神父は、僅かに安堵の表情を見せ、僕にそっと白い布を渡した。
闇夜に響く、淫魔の甘い誘惑
その夜。僕は、ルカさんの用意してくれた部屋で眠りについた。聖油の匂いと、神父たちの祈りの残滓が、僕の恐怖を深く抑え込んでいた。
(これで、しばらくは悪魔の群れから解放される……)
そう思って安堵した瞬間、僕の意識の中で、ベリアルの冷笑が響いた。
「フン。下らない足掻きだ、宿主。神父どもの薄い守りが、七大罪の欲望の波を完全に遮断できると思うか?」
ベリアルが嘲笑したのと同時に、外側から微かな波長が、守護の結界に触れるのを感じた。
それは、昨日遭遇した醜悪な下級悪魔の波長ではない。もっと甘く、より人間的で、そしてより狡猾な悪意だ。
(これは……ハニー……!)
濃いピンクの服を纏った淫魔の波長だった。
彼女の波長は、結界の表面に粘着質な蜜のように張り付き、僕の心の脆い部分を、優しく、しかし確実に撫でる。
僕の寝室の窓の外、闇の中から、ハニーの甘ったるい声が、僕の鼓膜に直接届く。
「あーあ、可哀想な子羊ちゃん。神父さんたちは、子羊ちゃんの心を全然分かってないのねぇ。毎日毎日、知らない知識を頭に詰め込まれて、怖いんでしょう?苦しいんでしょう?」
その声は、甘い誘惑であり、僕の心につけ込む、明確な悪意だった。
「ねぇ、憂くん。智なんてつまらないものでベリアル様を解放しようとするから、苦しいのよ。ハニーと、もっと気持ちいいことでベリアル様の封印を溶かしてみない?快楽は、知識よりよっぽど早く、心を溶かしてくれるわよ」
ハニーの粘着質な波長は、恐怖で疲弊した僕の魂に、甘い毒のように直接侵食してくる。彼女は、僕の臆病さと訓練への苦痛を餌に、僕を堕落させるという別の切り口から、ベリアルを解放しようとしているのだ。
僕は、布団を頭まで深く被り、自分の耳を塞いだが、闇夜に響く淫魔の甘い囁きは、守護の結界をもすり抜けて、僕の安寧を、再び破り始めたのだった。




