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第3章:最強のチャラ男と、父性の眼差し

事務室での問答が終わり、僕たちは立ち上がった。時計の針は正午に近づいていた。


「ベネ(よし)、じゃあ、憂くん。君の最初のレッスンは、**『結界の理解』**からスタートだね」


ルカは、相変わらず明るい調子で、分厚い書物を脇に抱え直した。彼の金色の髪と黒いカソックのコントラストが、この薄暗い教会の中で、やけに目立っている。


「僕が担当するのは、悪魔祓いの理論と基礎術式。シドーの担当は実地訓練だ。アヴェリータ(正直)、彼の訓練はスパルタだから、ドゥーロ(大変)だよ。頑張ってね」


ルカは僕の肩を軽く叩いた。その手のひらから伝わる温かい力は、昨夜、獅堂の十字架から受けた凍えるような感覚とはまるで違っていた。


「悪魔祓い師としてのルカの能力は、疑う余地がありません。しかし、実地訓練は心構えです」


獅堂は、ルカの軽薄な調子に眉をひそめつつも、僕に向けて言葉を選んだ。


「憂くん。あなたの体が悪魔の核を内包している以上、教会内であっても完全に安全とは言えません。常に悪魔の波長を感じ取る訓練が必要です」


その言葉は冷たいが、どこか気遣いのようなものが滲んでいた。まるで、**「厳しいことを言うが、これはあなたのためだ」**と訴えかけているようだ。


「じゃあ、シドーはお父さん役で、僕はチャラい家庭教師って感じかな。ファチアーモ・アッルオーラ(さあ始めよう)、憂くん!」


ルカはそう言って、僕を事務室から引き連れ出した。


最初のレッスンは、教会の本堂で行われた。ルカは、僕を祭壇の前に立たせ、床にチョークのようなもので複雑な円陣を描き始めた。


「これが、悪魔祓いの最も基本的な『分離のサークル』だよ。君自身の魂の波長を、ベリアルの波長から切り離すためのものだ」


ルカは、膝をついて円陣を描きながら、イタリア語混じりのタメ口で説明を続けた。


「悪魔ってのはね、君の感情のノイズに乗って、君の体を操ろうとする。特に『恐怖』と『後悔』が最高のジャズなんだ。だから、このサークルの中で、君は自分の心臓の音だけを聞く練習をするんだ」


僕は、言われるがままに円陣の中心に立った。床に描かれた白い紋様が、少しだけ心細さを和らげてくれる。


「じゃあ、ちょっと遊んでみようか、ミオ・カリーノ(僕の可愛い子)」


ルカはそう言って、僕の額に、冷たい指先をそっと触れさせた。その瞬間、僕の体内にいるベリアルが、激しく警戒の波長を放った。


「貴様、何をする気だ?」


ベリアルの声が、僕の頭の中で鋭く響く。


「ああ、煩いね、老いぼれた悪魔。ちょっと憂くんの心を覗かせてもらうだけだよ。ヴェディ(見て)、僕たちの優等生は、どれだけ過去の傷を隠しているのかな?」


ルカの指先から、温かく、だが圧倒的な力が、僕の精神に浸透してくる。それは、不快ではないが、プライバシーを侵害されるような感覚だった。


「やめろ! 私の宿主の深淵に、貴様のような偽善が触れていい場所などない!」


ベリアルの抵抗が激しくなる。僕の頭が割れそうに痛み、鼻血がツーっと垂れた。


「シドー! ちょっとカンミエラ(手伝って)」ルカは、顔色一つ変えず、獅堂に助けを求めた。


獅堂は、無言で立ち上がり、ルカの向かい側から、円陣の外側、僕の背中に向かって静かに掌をかざした。彼の掌から放出される力は、ルカの温かい光とは異なり、冷たく、研ぎ澄まされた刃のようだった。


その二つの異なる力が、僕の体を挟み込むように作用し、僕の体内のベリアルの意識を強制的に固定しようとする。


「くそっ…! この、悪魔嫌いの神父め!貴様の憎悪は、私を封じるための最高の楔となるな!」


ベリアルは、獅堂の力に激しい憎悪を向けながら、抵抗する。


「憂くん、ノン・ティ・プレオキュパーレ(気にしないで)。これが『分離』だよ。シドーの憎悪と僕の愛が、君の体をキャンバスにして、悪魔の鎖を断ち切るんだ」


ルカは、僕の額から指を離し、息を整えるように一歩後ずさった。獅堂も掌を下ろす。


僕の鼻血は止まったが、激しい頭痛が残った。しかし、確かに一瞬だけ、僕の心臓の奥にある悪魔の核が、僕自身の魂からわずかに引き離されたような感覚があった。


「グラツィエ、シドー。ファンタスティコ(素晴らしい)なタイミングだよ」ルカは、獅堂にウィンクしてみせた。


獅堂は、その軽薄な態度に不快感を露わにしたが、僕に向かって静かに首肯した。


「憂くん。今、貴方が感じた『分離』の感覚を忘れないでください。あれが、貴方自身が、悪魔の意識を拒絶できる『領域』の感覚です。訓練は、その領域を維持することに重点を置きます」


獅堂の言葉は、以前よりも少しだけ、僕の人間性を尊重しているように聞こえた。彼は、僕を悪魔の道具ではなく、乗り越えるべき試練を与えられた人間として扱おうとしているのかもしれない。


僕の闘いは、今、二人の神父の、光と影のような協力関係の中で、幕を開けたのだ。


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