9.格闘
きいが無事解放されるのを確認した後、自分の元へ送り主が不明のメッセージが届いているのに気付いた。
メッセージを確認すると以下の文が記載されていた。
“寺へ救出に向かっている者たちよ、攫われた者の安全は確保された。お前たちには寺にいる敵の殲滅を任せたい。敵はおそらく武器を携帯しているので、まず見かけた奴を無力化して欲しい。ただ、味方同士で戦わないように気を付けてくれ”
これはサングラスの男が送ってきたメッセージだろう。
メッセージの送り主は不明になっているが、おそらくはあの人だろう。
きいの安全も確認できているので、僕たちも突入するとしよう。
「二人とも、メッセージは来てますか?」
「来てますよ、よくわかんない奴から。これは信じていいんすかね?」
「大丈夫、ドローンで攫われた人たちの無事は確認できてるんで、突入していいはずです」
「私たちに対して少しは状況説明して欲しかったけどね。待っている間に家町君と敵と戦う際の動きを打ち合わせしたから準備はできてるよ」
「そういえば非田さんって戦闘の際はどうするんですか?」
「どうするって?」
「いや俺と布川さんが戦ってる間、非田さんは戦えないからどっかに隠れたりするのかなって」
「確かに僕は格闘スキルがあるわけじゃないから戦闘中は距離を取って後ろにいさせてもらうよ。だけどいざという時はこれ」
「なんだいその注射器は?」
「この注射器の中身はボディの動きを数時間は抑えることができる液体が入ってます。ゆっくり手足を地面につけて歩くしかできなくなるでしょう」
「じゃあそれを打ちまくれば余裕じゃないっすか」
「それはできないんです」
「なんでだい?」
「注射器は四本分しか用意してないのでできるだけ温存しておきたいんですよ。お二人はボディの無力化ってどのようにする予定でしたか?」
「まぁプロの試合と同じようとりあえず関節技を決めた後、そのまま関節を外しちゃおうかなって」
「ボディ相手だと打撃は効かないですし、プロの格闘家は大体締め技や関節技で戦っていますもんね」
「うん、締め技でもいいけどプロ同士じゃないと受け方が下手で相手が死んじゃう可能性があるから危ないかな」
いくら犯罪集団と言っても命を奪うのはやりすぎだ。
サングラスの男は平気で頭を消し飛ばしていたが…
とりあえず、無力化の方法は関節を外すことに決まった。ボディには生身の身体の動きを再現するために関節部を作っているため、構造さえ把握していれば外すことができるのだ。
しかし、きいを殺した相手がもし目の前にいたとしたら、殺意を止められる自信はないかもしれない。
きいが攫われたと聞いた時、確かに自分の中からどす黒い感情が渦巻いていたのだ。自分の中にそのような感情があることを初めて知った。
人を殺すことはすべきではないことを理解はしているのだが、大事な人のことを考えると止められない衝動が湧いてくるのだ。
その後、寺に入ると既に各地で戦闘が巻き起こっていた。
サングラスの男の忠告通り、武器を持った敵が多く存在していた。
武器の多くは槍であり、中には鎖を持った者もいる。
対ボディを相手にする際、金属類の刃物はあまり効果がない。
なぜなら、ボディの素材は非常に頑丈なため刃物で切りつけたところで表面に軽く傷がつくだけで内部へたどり着くことはなく致命傷とはならないのだ。
槍は特定の部位への攻撃に役立つため、急所を突くことができれば命を奪うこともできる。
ただ、急所を的確に狙うのはそう簡単ではない。
だが、わかりやすく弱点となる部位が眼球である。
頑丈に作られているボディだが、どうしても眼球だけは素材が少し脆くなってしまうため、目をピンポイントで狙って突くことで眼球を破壊することは可能なのである。
眼球が破壊された場合、痛覚により動きが鈍くなり視界も制限されるので戦闘においては大分不利になる。
また、鎖も相手の動きを制限することができるため悪くない武器である。
「メッセージ通り相手は武器を持っているようですね」
「槍はちょっとリーチが長くて厄介っすね」
「ふん、まぁ素人相手ならちょうどいいハンデじゃないか?」
「頼もしいですね」
「あそこで余ってる奴でも試しに相手してみようか」
布川さんは槍を持った状態で周囲を見回している男に近づいていく。
「敵かどうか念のため確認しますか」
「そんなことは必要ない」
布川さんは槍を持った男へ真っすぐ向かっていくと、相手はすぐに槍をそのまま突き出してくる。
突き出される槍の側面を足で蹴り方向をそらした後、蹴りの勢いを利用する形で布川さんは相手の頭部へ回し蹴りを決める。蹴りを食らった相手が硬直している隙に槍を持っていた腕に関節を決め、槍を手放させる。
そして、武器を失った相手の首を絞めそのまま失神させる。
「布川さん話が違うじゃないですか! 関節技だけで無力化させるはずじゃ…」
「実践じゃそううまくいかないよ。ついとっさに締めてしまった」
布川さんに続き、家町さんも相手を見つけ先頭に入っていた。
相手はまた槍を持っていたが、軽いフットワークで槍をかわしそのまま相手を地面へ倒し両腕の関節を外していく。
片足の関節も外し相手を動けなくする。
それを見た布川さんが不敵に笑う。
「いいね家町君。うん、君の方がいい」
「えっなんすか?」
家町さんが布川さんの方を向いた瞬間、布川さんは味方である家町さんに向かって蹴りを繰り出した。
家町さんは間一髪で蹴りを防ぐ。
そして、布川さんは僕が投げていた注射器に気づきそれを蹴って破壊する。
「家町さん…、布川さんは…、布川ケンは敵です」
「えっ! 何言ってんすか!」
「まずは目障りな君から排除しようかな、非田君」
布川は僕に目標を変えこちらへ近づいてくる。持っている注射器を再度投げつけるが、やはり注意を向けられている格闘家には簡単に見切られてしまった。
「すまない、家町さん助けてくれ!」
「全然何がなんだがわかんないっすよ!」
家町さんが布川と僕の間へ向かってくるが、先に蹴りが自分の左腹にあたり吹き飛ばされる。
ボディが傷つくことはないが痛みを感じ、態勢を大きく崩してしまう。
布川はとどめを刺しにこちらへ向かおうとするが、家町さんが間に割り込む。
「なんでこんなことするんですか布川さん!」
「ん~…、まぁ楽しいからかな」
布川は家町さんに足払いを仕掛けるがステップでそれを回避する。
さすがに、同じプロを相手にはモーションの大きい蹴りは繰り出さないようだ。
「でも、非田君はなんか僕の裏切りにいち早く気付いたよね~…、知っていたのかい?」
「もしかしたらその可能性はあると情報が入っていました。でも、敵なんかじゃないと信じたかったですよ」
「バレないように頑張ってたんだけど、やっぱ情報ってのは漏れるもんだね~」
布川はニヤニヤしながらこちらを見ながら話しかけてくる。見た目は格闘家らしく短髪でキリっとした釣り目がちな目だが、正体を現してからは気味の悪い笑みをずっと浮かべている。
「布川さん…、アンタは国で一番のプロの格闘家なんですよ…、どうして人を攫うような悪党側につくんですか!」
「だからさっきも言ったじゃないか。楽しいんだよ、人を破壊するのが。ルールの中で戦う格闘技じゃ満たされないんだよ…、そういえば一回だけ試合で人を殺したことがあったっけな~。あの時はすっきりしたな~」
「それって布川さんがまだ新人の頃、締め技を長くかけすぎて相手が死亡したっていう試合のことですか? あれは確か審判が止めに入るのも遅かったので、布川さんよりも審判に批判が集まっていたはず」
「あの審判には子供がいてね。彼に子供の関節をたくさん外した様子を見せたんだ。そのあと、審判の人にあるお願いをしたんだ。締め技を止めに来るタイミングは私が合図を出してからにしてね、ってね。そしたら快く協力してくれたよ」
「…最低ですよ。あんた」
「でもあの審判も追放されてしまって、毎回審判に協力してもらうのは難しいから試合での殺しはあきらめたんだ。だから、こうやってプロの君を全力で殺せるのはうれしいな」
「もう喋らなくていいっす…」
今度は家町さんから布川に対して接近していく。
素早いフットワークで関節技をかけることを得意としている家町さんと蹴り主体で優位を取った後、幅広い技で相手を追い込んでいく布川との戦いは、いかに家町さんが攻撃をかわし続けられるかが重要となる。
布川は細かく蹴りを入れつつ隙を見て服を掴もうと手を出してくる。
それに対し家町さんは軽やかな足さばきで間合いを調整し、関節を決める形に持ち込めないか様子をうかがっている。
僕は布川からの興味から外れたため、距離を取り様子を見つつ注射器を当てられる隙を探る。
この注射器はボディに刺さった際、自動で中の液体がボディへ素早く流れ込むよう作られているため刺さりさえすれば致命傷となる。
しかし、その隙が素人目線では全く見つからない。
「いや~さすがだね家町君。そこらの雑魚だったらとっくに壊してるとこだけど、中々逃げるのが上手い」
「あんたは俺が倒します」
家町さんはさらに動きが早くなるが、布川もそれに対応し攻撃の速度を上げる。
急なテンポアップで布川の身体が少しバランスを崩した。その隙を見逃さず家町さんは布川の足を捕らえる。
「足さえ壊しちまえばあんたなんか!」
そう叫び、足の関節を外そうとした瞬間、布川は身体を素早く立て直し、鋭いエルボーを家町さんの後頭部へ打ち込む。
「脳ってのはいくら頑丈なボディに守られてても衝撃でダメージを受けるものだ。それと、私がそんな簡単にバランス崩すわけないでしょ。わざとだよ」
家町さんの両腕を同時に本来曲がることのない方向に無理やり曲げる。
ボディから鈍い音がした後、家中さんは叫んだ。
「両足も行っちゃおう!」
布川は足に対しても一本ずつ丁寧に関節を外していく。ボディは人工的な臓器はいくつか存在しているが、骨は存在しない。電気信号を与えるためだけのケーブルと関節だけで各部位を動かしているため関節を外されると複雑な動きはできなくなってしまう。
そのため、手足の関節を外された家町さんはもう戦うことは不可能だ。
周りを見渡しても、それぞれが自分の戦いに必死なため助けを求められる状況ではない。
「家町君をヤる前に非田君、前菜として君から死んでもらおう」
持っている注射器を全て投げていくが、どれも弾かれてしまう。
打つ手がなくなり、僕は背を向けて逃げ出す。
「最後は背中を向けて逃げるしかないか。まぁ弱者はそうするしかないか」
追いかけてきた布川に首元を掴まれる。
「間に合わなかったか…」
「ん、なんだって?」
グシャっ!
耳元に聞きなじみのない音が入ってくる。
僕を掴んでいた布川の手は弾け飛んでいた。
「待たせたな。ゴミ掃除をしに来た」
どうやらギリギリ援軍は間に合ったようだ。
僕は家中さんと布川の戦闘を見ている間、携帯からあの男へ救援のメッセージを飛ばしていた。
「ありがとうとうございます。GIGAさん」
「いや、俺もちょっとやることがあって来るのが遅れてしまった。すまないな」
「いやいや、銃はダメでしょ」
「何も駄目じゃねぇよゴミが」
GIGAさんは布川の心臓を狙い発砲する。
「危ないな~」
布川はバク転をすることで銃弾を回避する。
その後、布川はGIGAさんの元へ踏み込んでくる。銃を持っている右手を狙い、蹴りを入れようとした。
だが、GIGAさんは左手に持っていたトンファーで蹴りを防ぎ、顔色を変えずに今度は顔面を狙い銃弾を打ち出す。
布川は至近距離の銃弾を見切り、顔を傾けてかわす。
「容赦ないね~。あなたは私と同じ人種かもしれないね。でも銃相手だとちょっと分が悪いから一旦逃げさせてもらうよ」
「お前のようなゴミと一緒にするな…、逃がすわけねぇだろ」
銃を再度心臓に向け発砲するが、布川は身体を少しずらす。
心臓からは外れたが、布川の脇の下がえぐれる。
逃げることに専念した布川は周りにいる人間を盾代わりにしつつ距離を取る。
上手く身代わりを利用しながら布川は飛行してこの場を離れていった。
「ちっ、仕留め損ねたか…」
さすがに飛行した相手を追いかけることはせず銃を腰へ納めた。
そして、八つ当たりをするかのように近くの敵を無力化する。
「お前、ボディブレイカーズか?」
「あ? 何言ってんだ!」
「ん」
ボディブレイカーズと呼ばれていることを奴らは知らないようだ。
相手は鎖を振り回して襲ってきたが、GIGAさんは鎖をトンファーに巻き付けさせて相手を引き寄せる。近づけた相手の首の後ろに拳を強く2回振り下ろすと、そのまま地面へ倒れこんだ。
「今何やったんですか?」
「首に強い衝撃を素早く与えることで脳からの信号は止まる。2回も叩き込めば意識も途切れる」
見たことのない技で相手を無力化したこの男を見て、頼もしさと同時に敵出なくてよかったと思った。
「そうだ、家中さんを助けないと」
関節を外されたまま動けなくなっていた家中さんの元へ向かう。
「家中さん、意識ありますか」
「大丈夫です…、俺、あんな糞野郎に勝てなかった…」
横になって身体を動かせずにいる家中さんの頬は濡れていた。
彼の両腕の関節を戻すと、足は自分で治すと言うので残りは本人に任せることにした。




