11.さらなる悲劇
きいを助け出してから数日経過した。
あれから僕はボディブレイカーズの件に関与していない。
「はい、全身を検査しましたが今のところボディに問題は見られませんでした。また、何かボディに不調が見られたらいらっしゃってください」
「ありがとうございます。ボディの定期検診は半年後で大丈夫ですかね」
「そうですね、一応検診は半年に一回受けることを推奨しております」
「わかりました。それではまたよろしくお願いします!」
僕は自分の仕事をするだけだ。
きいを助ける際に、自分の無力さを痛感した。
ボディブレイカーズの所業は許しがたいものではあるが、奴らに関しては調査団を含めGIGAさんたちに任せるしかない。
自分ができる仕事をやるだけだ。
業務の途中で携帯端末にメッセージが入った。
送り主は母親、メッセージ内容にはこう書かれていた。
“父の容態が悪化した”と。
業務を終えた後、父が運び込まれた病院に顔を出すことにした。
ロビーでは母が僕を待っていた。
「母さん、父さんの状態はどうなってる?」
「今は意識を取り戻してるけど、お医者さんからは安静にしているようにって言われているわ」
「何か脳に負荷がかかることしてたのかな」
「そういえば、ここ最近なにか調べ物してた気がするわね。難しそうだから内容はよくわからなかったけど」
「そっか…、父さんと話ってできるかな」
「今は大丈夫だと思うわ」
念のため病院の人に許可を取り、父親の病室へ入る。
「章介か」
「父さん、大丈夫? 倒れるまで何か調べ物してたんだって?」
「ああ…、少しな。ウチの店が前営業妨害されていたことあっただろ。あの事件の犯人はお前が説得した後、自首したってお前が前に言ってたけど、あれは嘘だよな?」
「えっ…」
「お前がどのくらい知っているのか知らないが、あの事件に深く関わるのはやめておきなさい。とても個人でどうこうできるような相手ではないよ」
「…そうなんだ。大丈夫だよ、僕はいつも通りお店の仕事をするだけだよ」
「あと、父さんはもういつどうなるかわからないから、もし私に何かあった時はこのファイルの中を見て欲しい。今はロックがかかっていて見れないようにしてある」
父がそう言うと、端末にファイルが送られてきた。
「母さんを頼むぞ」
父はもう伝えることはもう無いと言うかのように目を閉じて眠りについた。
父との会話を終え、母と共に帰宅する。
「まさか父さんが事件について調べていたとは…」
父はどこまでたどり着いたのだろうか。
わざわざ警告するということはボディブレイカーズの存在を知ったのかもしれない。
「まぁ、もう関わるつもりなんてないんだけど…」
そう考えながら眠りにつくことにした。
翌日、その翌日も仕事に専念した。
運命というのは常に自分の意思とは関係なく動くものである。
自分がどうあがいたところで関係ない者の行動を変えることは難しい。
世界は他人によって成り立っており、良くも悪くも流れに任せて生きることしかできないのである。
それがどんなに受け入れがたい現実であっても。
翌日、父が入院していた病院が襲われた。
襲った奴らは病院にいた人間を可能な限り殺害したとのことだ。
その中には父も含まれていた。
襲った犯人グループに関しては現在調査中と説明を受ける。
調べるまでもなく犯人は分かっている。
分かってはいる、分かってはいるが、どうすればよいのだろう。
僕は無力だ。
戦った所で役に立たないことは先の件で痛感している…
「あ…、あぁ、なんでこんなことに…」
母は知らせを受けてからずっと固まって現実を受け止められずにいる。
僕も同様に受け止められているわけではない。
ただ、次が分からなくなっているだけだ。
お店は一旦臨時休業させていただくことにした。
お客さんにはたびたび迷惑をかけて申し訳ない気持ちはあるが、さすがに正常な精神状態で仕事を行うことはできない。
「そういえば、父さんがファイルを残していたな…」
あの時の父は自分の死を察知していたのだろうか。
何度も病院に運び込まれていたら死について考えるのも自然なのかもしれない。
「このファイルか」
ファイルを開くと見たことのない資料が格納されていた。
なぜこんな資料を作っていたのか、また父はどこまでを想定していたのか。
「こんなものを残しているとは…」
自分にできることは多くはないが、やることは決まった。
「やれることをやるとしよう」
父が残した資料を確認した後、彼に連絡する。
「非田か。どうした?」
「GIGAさん、ボディブレイカ―ズの件まだ追ってますか?」
「お前は彼女を無事助けたんだから、もう関わらないはずだろ?」
「病院に運ばれていた父が殺されました。犯人はあいつらだと思います」
「奴らの動きは露骨に派手になっている。病院を襲い病人を殺しているようだ。おそらくお前の父親も奴らに手によって殺されたんだろうな。最要人や調査団ももう奴らが起こした被害状況を隠せなくなっているから、次第に世間も存在を認知していくだろう。さすがに調査団もこの状況で余裕がなくなったのか、俺たち有志の団体とも協力体制を取ろうとしている」
「僕にも協力させてくれませんか」
「…この前はお前の彼女が攫われたこともあって同行を認めたが、もうお前には戦闘で頼れるあてはないんじゃないのか? お前が連れてきた協力者二人の内一人は敵側の人間だったしな。今のお前に何ができるんだ? 足手まといは必要としていない」
「今度、布川以上の戦力を紹介します。そして、僕自身は次からは後方支援に徹するつもりです」
「戦力か…、実際にそいつを見てみないと何とも言えないな。あと、その戦力とやらがまた敵の一味だったら困る。身元調査はまたさせてもらわないとな」
「はい、またGIGAさんに調査していただきたいです。その人を認めてもらえるなら奴らの情報をください」
「まぁいいだろう。強い奴が味方になる分にはありがたいからな、あいつらを一刻も早く潰すためにも。それじゃあ一週間以内にそいつと合わせろ」
「…わかりました」
そうして、GIGAさんとの会話を終えた。
後は協力者を見つけるだけだ。
あの場で協力者の存在をほのめかさなければ会話は打ち切られ見放されていただろう。
もともと協力者は必要としていたので、期限が定められただけのことだ。
「非田さん、すみませんがお力にはなれません」
「先ほど説明した手段であなたは強くなれます。布川にやり返したくはありませんか?」
「そうですね…、布川に対する怒りは未だに収まっていません。ただ、身体があの時からうまく動かないんです。恥ずかしいですけど、どうやらあの時の恐怖が身体に染みついちゃってるみたいなんです。この染みついた恐怖が取れるまでもう少し待ってくれませんかね」
「…そうですか」
家町さんへ協力の要請をしたが、どうやら以前の戦いでトラウマを抱えてしまったようだ。
家町さんの力を借りるのが一番早かったが、中々物事は上手くいかない。
布川と家町さん以外の格闘家にはもうあてがないため、別の方面から協力者を探す必要がある。
あの人に話を聞いてみるとしよう─
家町さんとの通話を終えた後、彼へ連絡を入れることにする。
「どうしたボディ屋?」
「甚大さん、ちょっと相談がありましてね」
「この前みたいに直接家に来ればよかったじゃねぇか」
「場合によっては直接会わせていただこうかと思っています」
「まどろっこしいな。一体何だよ」
「そうですね、じゃあ最近で甚大の周りに身内が襲われたという人はいませんか?」
「ずいぶん物騒な話じゃねぇか。だが、情報に疎い俺にも最近嫌な事件がよく起こってることは伝わってるよ。病院が襲われている件だろ?」
「ええ、襲っている奴らに父を殺されましてね… 奴らを野放しにはしてられないんですよ。そのために同志を探しているんです」
「それならボディ使ってる奴らの方が丈夫でいいんじゃねぇか? 俺の周りは生身の奴らばっかだぜ」
「頼りにしてた人が今調子悪いようで、もう頼める人がいない状態なんです。生身の人でも戦闘能力が高い人なら頼らせていただきたいんです。あと、亡くなった父からある資料を受け取りましてね」
「資料? それがどうした」
「その資料にはスーツの作り方が載っていました。そのスーツを協力者に合わせて作ろうと思ってます」
「ボディじゃなくてスーツか。生身の奴が着ても大丈夫なのか?」
「生身でも大丈夫な性能になっています」
「ふぅん。なるほどな…、確か話は被害者がいるかどうかだったな。…居るぜ、俺らはボディみたいな頑丈な身体じゃねぇからよ、病院に行く頻度も多い。病院や病人を襲われたらまぁ俺たちが一番困るわけだ。だから、ここ最近で大事な奴を失ったやつを何人か知ってる。その中で一番つえぇ奴を紹介してやる」
「ありがとうございます。その人の連絡先教えてもらえますか?」
「教えるのはいいけど、多分中々連絡は取れないと思うぜ。気分屋な奴だからな。あいつの恋人が殺されてるから今あいつはだいぶ頭に血が上ってる。一旦俺が仲介してやるから会ってみてくれ」
「わかりました、ただこちらも事情があってそこまで時間に余裕がない状況です。今日中に会うことはできますかね」
「奴と連絡が取れるかどうかは怪しいな。一応声はかけてみるけど、いつ返信があるかはわからねぇ」
「そうですか。それでは明日まで待って連絡が取れないようでしたらあきらめます」
「おう、連絡取れたら教えるぜ」
そうして甚大さんとの通話を終える。
GIGAさんとの約束した一週間以内に協力者に合わせてスーツを完成させる必要がある。
父が最後に残してくれたもので父の敵を討つ。
それ父が望んでいたかどうかはわからないが、やると決めたのだ。
ただ、この日は結局甚大さんからの連絡が来ることはなかった。
焦る気持ちを抱きつつ、明日を迎えた。
翌日、朝方から連絡を待っているときいからメッセージが届いていた。
「もしもし、どうかした?」
「どうかした? じゃないよ。章介のお父さんが襲われたって連絡くれた後、全然話してないじゃない」
「あぁ…、ごめん。ちょっと自分の中でまだ心の整理ができてなくてね」
「それでもさ、私には話してよ。今の章介の支えになりたいと思ってるの。なんでもいいから話をしようよ」
「そうだね、気を使わせてしまって悪かったよ。…きいが攫われた後に今度は父さんが殺されてさ…、結構精神的に参っちゃったよ。生まれてからこんな大規模な事件なかったからさ、正直今でも夢なんじゃないかなって思う時があるよ」
「…私も攫われた時のことをたまに思い出しちゃう。それで外にいて知らない人が近くに来るとびっくりしちゃう時があるんだよね。でも、私は章介たちが助けてくれたからまたこうして生活を送れてる。こうやって普通の日常を送れるだけで十分だと思ってるの。…ねぇ章介」
「ん?」
「襲ってきた人たちとまた戦う気でしょ?」
「……」
「分かるよ。恋人だからね。章介は負けず嫌いなところがあるから絶対にこのままおとなしくはしないよね…、本当は止めたいところだけど、止めても意味がないことも知ってる。だから約束して、無茶はしないって」
「…あんまり心配はかけたくないから、言うつもりはなかったんだけど見透かされちゃってるね。…そうだね、僕はあいつらをこのまま許すつもりはない。あいつらにやられるつもりもないよ。だから、僕はやれるだけのことをする」
「まったく…、それじゃあそれが終わったらまたサッカー見に行こうよ」
「うん、また見に行こう」
きいと約束をし、通話を終える。