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お前を愛することはない、私もですわ

お前を愛することはない、奇遇ですね私もデス

作者: 紡里

「お前を愛することはない」で始まる作品を書いてみました。

・・・溺愛に辿り着くのは、なかなか難しいようです。(溺愛なし)

「お前を愛することはない!」


今日、婚姻式を挙げたばかりの王子が、隣国から嫁いだ姫に宣言した。


披露目の宴を新郎新婦が先に退出し、共通の寝室での出来事である。


「・・・さようでございますか」

事前の情報で、こういうことを言い出す可能性があることは知っていた。

本当に言い出すほどの馬鹿ではないと思いたかったが。


さて、どうしましょうか。


この婚姻の必要性を説いて、説得するか。

このまま「白い結婚」とやらに突入するか。

まさか、愛していないのに閨だけ共にするなんて言い出さないわよね。


「・・・理由をお聞きしても?」

「むろん、『真実の愛』がそなた以外にいるからだ!」


――王の血を継ぐ者よ、なぜに理知を乳と共に捨つるや――

(はっ。いけない、古い詩の一節を思い出している場合ではないわ)


「では、その旨の契約を交わしましょう」

「なに? どういうことだ?」

怪訝な顔を向けられた。


「あなたは教会で誓った婚姻の約束を、破ろうとなさっている。

あなたの心は、他の方のもの。

わたくしが今ここにいられるのは、婚姻契約書にサインしたから。

・・・違いますか?」

「違わないな」

多少は気まずそうに答える。


「ならば、わたくしのこれからを保証していただくために、口約束ではなく文章に残していただきたい。ご理解いただけますか?」

「・・・仕方ないな」

姫が応じると分かった途端に、あからさまにホッとした顔をした。


その顔を見て思う。

・・・国を背負って嫁ぐ女の覚悟を踏みにじった報いを、この後、存分に味わうがいい。



国から連れて来た侍女に、紙とインクと羽根ペンを用意させ、王子の前に置いた。

「え、私が書くのか?」


・・・書類仕事を秘書官に丸投げというのは本当らしい。


「ええ、わたくしが書いて、王子殿下の了解を得ていないと言いがかりをつけられたら困りますもの」


王子はしぶしぶペンを手に取った。


誰のせいで契約が必要になったとお思いか?!と怒鳴りつけたい気持ちを抑え込む。


なかなか王子が書き出さないので、姫の方から案を口にした。

「まず、『お互いに愛情は求めない、形式的なものである』で、よろしいですか?」

「それでいいのか?」

「どういうことでしょう?」

「私は愛することはできないが、そちらは、その、私を愛しているのでは・・・」


寝ぼけたことを言っていますね。聞き流しましょう。


「次は後継者の話ですが、その『真実の愛』のお子様がよろしいのでしょう?」

「それは、そうなのだが・・・それでは色々と問題が・・・」

「初夜を拒否した時点で、すでに問題が発生していますけれど?」


ここで、黙り込まないでください。あなたが言い出したことですよ。


「では、真実の愛のお相手との子どもを『後継者にする』と書いてしまいましょう。

フルネームを書かないと、また宰相が別の相手を連れてくるかもしれませんよ」


「そ、そうだな」

素直に彼女のフルネームを書いてしまった。

これで、「真実の愛」を道連れにすることが確定。言い逃れはさせませんよ。


他にもいくつかのことを決め、最後に両者が署名をする。



「お疲れさまでございます。これで契約が成立ですね」

「うむ、君が協力的でなによりだ」

利き腕を回し、大仕事を成し遂げたかのような仕草をする。


イラッとする心を淑女の仮面で隠し、侍女に契約書を仕舞ってくるように言いつけた。


それを聞いた王子が、自分が保管すると言いかけたのを遮った。


「後になって廃棄されたり、なかったことにされたりしたら困ります。

ですから、わたくしのお守りとして、持っていることをお許しくださいませ」


・・・まあ、普通は同じ文面を左右に書いて、真ん中で破り、お互いに1通ずつ持つものなんですけどね。

(ギザギザの断面を合わせることで、偽造ではないことを証明する)


「そんなことはしない! 私が信用できないのか?」

「あら、あなたはすでに、国家間の信用を無にする行いをしていらっしゃる。自覚がないの?」

ふふふふと思わず笑いがこみ上げる。


「あなたの信頼は、今、地に落ちた」

人差し指で足元を指して、口だけで笑みを作る。


目の前の男は悔しそうに唇を噛んだ。

そうそう、負け犬は大人しくしていなさい。


夫婦の寝室の左右にそれぞれの部屋があり、廊下に出なくても出入りできるようになっている。

だが、侍女はその扉ではなく、廊下と繋がる扉から出て行った。



「それで、あなたは『白い結婚』をして、どのように暮らしていきたいの? 

それくらい聞かせていただいても良いでしょう?」


すでにこの男に興味はないが、この後の計画のためにこの部屋に足止めしておきたいのだ。


愚かな男は「真実の愛」なるものについて、勢いよく演説を始めた。

なんとも無防備に「命に替えても守りたい大切なもの」を教えてくれること。

聞けば聞くほど、こんな男は「無し」だわ。


一応、一途な男でよかった・・・と思おうとしたけれど、だんだん不愉快になってくる。



嫌味のひとつでも言ってやろうかと思い始めた頃、控えめにノックの音がして、先ほどの侍女が入室の許可を求めてきた。


後ろ手に縛られ、猿ぐつわを噛まされた近衛隊の近衛隊長、侍従長、厨房長が共に入室してくる。


「なぜ?!」

王子が目を丸くする。


「この城を掌握するためです」

「掌握するなら、私では?」

王子がきょとんとする。

「何人もいる王子の中の一人よりも、彼らの方が、よほど価値があります」


「無礼者!」

王子が青筋を立てて怒鳴る。縛られたかったのかしら、妙な趣味をお持ちなのね。


「無礼者に無礼を返したまでですが?」

退屈な演説を聞くのは、もうお終い。

さあ、反撃致しますわよ!



「では、教えて差し上げましょう。

まず、武力を制圧するのに近衛隊長を拘束しました」

「騎士団長ではなく?」

「城中では、騎士団長の権限が制限されます。

城の秩序を守るため、近衛隊長の権限を侵すことは許されません」


「侍従長と厨房長など・・・」

「侍従長は城の構造について、時には国王よりも把握しています。特別な王族専用の抜け道以外は。

そんな通路が作れそうな場所は多くありませんでしょ。輿入れの際にいただいた地図があれば、あらかた予想はつきます。

あなた方の逃げ道を塞ぐために、あるいは逆に自軍を入城させるために彼を確保しました」


「では、なぜ厨房長も? 下働きの者だろう?」

「・・・愚かにもほどがありますね。だからこそ、白い結婚などと言いだしたのでしょうが。

人は食べ物を摂取しなければ生きていけません。そこに怪しげなものを混入されて、全滅することもあるのですよ。それを警戒するのは当然です」


あっけにとられる王子。


「なんという間抜けな顔をなさっているのですか」

姫はそっと目を閉じ、長く細い息を吐く。


そして、扉の外に静かに声をかけた。

「・・・宰相。やはり、この王家に希望は持てないようね」


「―――誠に遺憾ながら・・・」

渋面の宰相と、大公が入室する。



大公が手を挙げ、後ろに控えていた騎士があっという間に王子を縛り上げた。

「伯父上、なぜ裏切るのですか?!」

床に転がされた王子が喚く。


「・・・先に裏切ったのはお前だ。何のための婚姻だ。民を救うためだろう。

それをぶち壊したお前は・・・お前こそが国を裏切ったとなぜ分からん」

怒りをにじませて大公は王子を見下ろす。


「王子殿下、私が何度も何度も、この婚姻によって何がもたらされるかを説明しましたよね。あれを理解できない王族の国になど、未来はありません」

「・・・ですってよ? 残念でしたね、元・お・う・じ様」


「じゃあ、今から初夜をやればいいんだろう?! さあ、縄をほどけ。抱いてやる!」

得意げなドヤ顔に嫌悪感が増した。冗談じゃないわ!


「・・・脳みそにウジでも湧いてます?」

「このまま放置すれば、いずれそうなるかと」

「ふふふ、本当ね! 宰相にそんなユーモアがあるとは知らなかったわ」


恐怖で王子の顔が引きつった。


「では大公閣下、国王と王妃の確保をお願いできますか。

わたくしは着替えてから、父と共に王の間に参ります」


これ以上は寄せようのないほど眉をひそめ、ゆっくりと力のこもった息を吐いた。

「こんなことは望んでいませんでした」


「・・・そうね。わたくしも貴方たちと国を立て直すのも悪くないと思ったので、ここに来たわ。

残念だけれど、プランβね。大公閣下、あなたも一国を背負う覚悟を決めて」


「致し方ありませんな。では、行って参りましょう。後ほど、王の間で」

姫は鷹揚に頷いた。


宰相は伸びをして「失礼。ですが、こんな深夜の茶番は老骨には厳しい」とぼやいた。

「さて、王の間が結婚式の仕様から通常通りに戻っているか、確認しに行くとしましょうか。侍従長、あなたの最後の仕事かもしれませんね」



「ではお召し替えを」

侍女に声をかけられて、ドレスルームへ移動する。


思わずあくびが出た。いつもなら咎める侍女もこの状況では目こぼしをしてくれるようだ。

「ねぇ、身柄を確保したなら翌朝でもよかったわね。」

「いえ、他の国の来賓が騒ぎ出す前に譲位まで済ませませんと」

「それもそうね。長い夜になりそうだわ」


「どちらに転んでも、長い夜でしたでしょう」

「はあ、そうだったわね。わたくしの眠れない長い夜は始まったばかり・・・」



軽やかな笑い声が聞こえてきた。


甘美な夜を過ごしていただくため、自ら差配したこの部屋。その床の上で、侍従長は声もなく涙を流した。

婚姻式の後に披露宴、初夜・・・高貴な方々は体力がすごいですね。

このお話では、更に政権交代の徹夜コースです。


(7月2日 加筆修正しました)


【ランキング報告】  皆様の応援の結果です。ありがとうございます!

日間 総合 すべて 23位 (7月5日)

日間 ハイファンタジー すべて 1位(7月4日)

日間 ハイファンタジー 短編 1位(7月2日、3日、4日)

週間 ハイファンタジー 短編 3位(7月4日)


(2025年7月31日追記)

続編はこちら。

この婚姻の背景にある、親世代のお話です。

https://ncode.syosetu.com/n7701ku/

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― 新着の感想 ―
政略ですから、勝手に覆してお咎めなしとは行かないのは道理。 なぜ個人同士で契約交わせばノープロブレムとおもったんでしょうね。 主人公、カッコよかったです。
寝ぼけたことを言っていますね。聞き流しましょう。 ここで腹を抱えました。 センテンスのセンスもリズムも良くて、楽しめました。 ラノベの王道は、こういう作品なのかなと。 応援してます!
他国の王女を迎えての高度な政略の婚姻を踏み躙ったら、国も転覆するよねって話。しかもお花畑王子、証拠までしっかり残させられる阿呆っぷりだし。 穏便な政権交代で、晒し首にならなくてよかったネ。
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