あたしと回覧板
ぴんぽーん
「はーい、どなたでしょうか?」
お風呂上りの、二十三時ごろ。あたしと交代するように座敷童さんは入浴中。部屋に戻ろうとしたあたしはちょうどよくも玄関の前にいたものだから、框を降りサンダルをつっかけ。引き戸越しに訪問者に尋ねる。
本当はインターホン(映像会話機能付き)があるんだけれども、わざわざそれが取り付けてある居間まで行くのが面倒くさくて、あたしはその場で対応した。ものぐさとか言うなし。
「あらあら、夜分にごめんくださいまし。私、羽根と申しまして飴呑様に回覧板を持って参りましたの」
「飴呑……様ですか?」
「貴家にいらっしゃる稀少価値五の座敷童のことですわ」
「きしょう……? とにかく座敷童さんのことですね、すぐ開けます」
まだ新しいくせに金属の音を立てる引き戸を開ければ。そこには雪のように白い肌も美しい、和服の洋風美人が立っていた。
座敷童さんも白いが、彼女が新雪の白なら座敷童さんは白百合の白。どこか温かみのある白なのだ。
淡い珊瑚色の髪はお団子を2つ頭の上に作っていて、長くウェーブのかかった後ろ髪が黄色い帯で締められた桜色の着物に流れている。目はおっとりと下がった緑色。どこか浮世離れ……というか雲を見ているような曖昧な印象の強い、お姫様めいた女性が月明かりに照らされていた。
とりあえず、外で立たせておくのもどうかと思い、玄関の中へ招くと。淡いピンクの紅をひいた唇は柔く笑みを浮かべていた。幻想的に綺麗なひと(?)だ。でも多分人間じゃないな、髪色的に。あとこの美貌ね! ぼんやり見つめていたあたしに。その女性、羽根と名乗った人は困ったように透き通った声で話しかけてきた。
「飴呑様、いらっしゃいませんの?」
「あ……座敷童さんならお風呂中です」
「あらぁ、ではこれを渡しておいて頂けませんこと?」
「はい、承りました」
か細い手から下がる手提げ袋を受け取れば、それはたぶん十キログラムくらいあったと思う。予期せぬ重さに思わずつんのめりそうになるが、足に力を込めてなんとか堪える。
あんな握れば折れてしまいそうな細っこい手でよくこんな重いものが持てたな!? まじまじと引かれた指を見ていると。羽根さんはゆっくりと手を着物の袖の中に隠してしまった。惜しい。もうちょっと見ていたかったのに。
その時、玄関に昨日買って飾ったばかりの薔薇の花束が目に飛び込んできた。友達からもらった日から玄関に花を飾るようになった。ひとえに、座敷童さんが喜ぶからだ。考えるよりも先に身体が動いて、花瓶からそれを一本抜き取る。
「家主様?」
「あなたの繊細な美しい指には、こちらの方がずっと似合いますよ」
重い回覧板をなんとか框に置き、袖に隠れてしまった指に花屋に頼んで刺処理してもらった薔薇の花を一輪握らせる。
上から握り込むように手を重ねると、白い指が戸惑いつつも優しく自力で薔薇の茎を握った。よし、プレゼント完了。
時間的にお茶でも飲んでいきませんか? とは言いづらい時間帯だし、そもそも何もしないのは今後の座敷童さんの処遇とか沽券にかかわるかもしれないし。そう考えれば妥当な案だったと思う。あたし冴えてる! どこか呆然としている羽根さんをよそに、一人自画自賛していれば。
握り込まされた薔薇の花を見ていた羽根さんがもらったことを理解したのか。白い頬がゆっくり赤く色づいていく。雪のように薄く青さすら感じる肌が赤くなっていく様子は面白いくらいによくわかった。
それよりも緑の瞳が薄っすら涙の膜で覆われていく。やばい、泣かしたか!? と冷や汗をかくあたしに、羽根さんは我に返ったのか淑やかにその綺麗な顔で微笑みをくれた。
「ありがとうございます、家主様」
「いいえ、美しいあなたには大輪の花でも力不足なくらいですが」
「あらあらぁ、飴呑様の仰っていた通りの御方ですわね」
「座敷童さんが?」
「ええ。とても素敵な御方だと言っておりましてよ」
「そうなんですか?」
座敷童さん、なんて言っていたのだろうか。ちょっと気になる。
気になると言えば座敷童さんって飴呑っていう名前なんだ。羽根さんとどういう関係なんだろう。
今まで知らなかった座敷童さんの交友関係になんか、こう……もぞもぞというか、ぐるぐるというか。言い表せない気持ちになっていれば、温かそうな血色の良い座敷童さんが脱衣所から出てきた。
「ふう、さっぱりしたぜ……って羽根? 俺の君も。どうしたんだ?」
「あ、座敷童さん。回覧板だそうです」
「なるほど。……ところで羽根はなぜ花を握っているんだい?」
羽根さんの手に握られた薔薇の花に首を傾げる座敷童さん。「にっこり」そんな音が付きそうなほどに笑って、答えない羽根さんの代わりにあたしを見るが、羽根さんの前で座敷童さんの処遇の為になんて言えない。結果、沈黙が落ちる。
「お「それでは家主様、飴呑様。私はお暇いたしますね」
「おい」
「はい、お気をつけて。またいつでもいらしてください」
「ありがとうございます、私の、君」
「なっ!?」
からから、ぴしゃん。私の君ってなに? 疑問に満ちたあたしと絶句した座敷童さんを尻目に。閉じられてしまった引き戸。数秒の静けさを引き金に、座敷童さんからものすごい勢いで質問が飛んできたのだった。
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