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座敷童さんと集会

「それじゃあ出かけてくる」

「いってらっしゃい、座敷童さん」


 金曜日の十八時。座敷童さんは集会に行くとかでお出かけらしい。……座敷童って家にいるものっていうか家から出られないわけじゃないのかと質問してみれば、お夕飯の時にテレビを熱心に観るあまりきんぴらを落としそうになっていた座敷童さんから、基本的に家に憑いてるだけで割と出かけてるやつも多いぞ? と返ってきた。食事に集中しろ。

 それって座敷童というアイデンティティの崩壊に繋がるのでは? と思うのは、あたしだけだろうか。不思議でならない。いや、でも「座敷童は大切にされないと出ていく」って聞くし。

 だが、そんなことを考えているなんて微塵も感じさせないように笑顔で、玄関にて座敷童さんを見送る。

 引き戸に手をかけた座敷童さんの後ろ姿に違和感を覚えてよくよく見てみれば。伸ばされた襟足の、その後ろ髪の一房が跳ねて不自然にそこだけ乱れていた。


「座敷童さん」

「なんだ……い」

「御髪が乱れてますよ。お出かけ前なのに、あわてんぼうさんですね」


 さらり。跳ねていた襟足を一房掬い上げて流しながら言えば、あたしの方を向かないながらも耳が赤くなったので、顔も赤いなんだろうなとあたしは察した。

 最近の座敷童さんは赤面がデフォルトと化している気がする。男の人で赤面症ってあまり聞かないなと思いつつ、手で掬い撫でるだけで戻る座敷童さんの髪に戦慄を禁じ得ない。え? 同じシャンプー使ってるよね? あたしこんな風にならないんだけど。髪質か?

 反応がなかったので座敷童さんを見上げるとかちんと固まっていた。所詮百五十四センチしかないあたしは五十八寸(百七十六センチ)という座敷童さんを見上げるしかないのだ。悔しい。身長高い人は低くなりたいって言うけど高いほうが便利だと思うんだけど。まあ結局ないものねだりっていうね。

 それよりも。


「座敷童さん?」

「あ……あぁ。その、行ってくるぜ。遅く、なるかもしれない」

「はい、わかりました。行ってらっしゃい」


 赤くなった顔のまま引き戸を開けた座敷童さんに、見えていないだろうが無事に帰って来れるようにと笑顔で手を振る。それに対し、同じく見えていないだろうにひらひらと背中を向けたまま手を振り返してくれる座敷童さん。

 その華奢な背中が遠くの曲がり角で消えていくまで見てから、引き戸を閉めた。





「みたいなことがあってだなぁっ!」

「ほう、そうかい」

「まったく、俺の君はどこまで俺をおとせば気がすむのやら。良夫の鑑だぜ!」

「なんだお前さんが嫁なのかい」


 (いつくし)が呆れたような目で俺を見る。しかし、俺は俺の君の自慢話をやめない! と意気込めば面倒くさそうに眉をしかめてからため息をつかれた。解せない。

 夜十九時。今回の集会場所として提供された慈の憑いている家でおれんじじゅーすをこっぷにもらいながら。俺は話しかけに来た慈に絡んでいた。


「大体、今回の集会はお前さんのために開いたんだけどね、飴呑(あめのみ)

「あぁ、家の主としてふさわしいかどうかだろう? 当然いいに決まっている、俺の君だぜ!?」

「飴呑はいつから酒飲みになったんだい。オレンジジュースで酔ってんじゃないよ」


 無理やり肩を組んだ俺に慈がうんざりしたように肩を落としてすり抜ける。慈の肩口で切りそろえられた艶やかな黒髪が古代紫の着物に落ちる。

 それをうっとおしそうに払うその手は白魚のよう。顔はまぁ別嬪さんなんだろうなぁ。どうとも思わんが。

 というか、顔の悪い座敷童など見たこともないからそういう生き物としか思えん。

 俺の家に急に家主が入ったということで急遽集まることが出来たのは俺も含めてたった三人だった。急ぎにしても、稀少価値五の座敷童の緊急事態だぜ? もう少しなんとか揃わなかったのかと一人唸る。

「稀少価値」。人間たちが定めた、俺たち座敷童の出現率の稀有さだ。

 同じ個体がどれだけの数いるかで決められているらしい。

 ちなみに俺と同じ飴呑という個体はいままで三人しか見つかっておらず、稀少価値が五。つまり最高なんだと。ここにいる慈にも分霊体がいるかと思うと変な感じだが。まぁ、そういうことだ。

 しかし他の俺の分霊体には決して俺の君を会わせられない。いや、他の分霊体になぞ会ったこともないが。もし俺の君におとされてしまったら俺が相手をどうにかしちまいそうだぜ。

 同じ飴呑で殺し合いなんて笑い話にもなりゃしない。

 おれんじじゅーすをなめていると、座敷童の一人である羽根(うね)が声をかけてくる。


「あらあら、飴呑様。新しい家主がお好きなのねぇ」

「俺の君だぜ!」

「あらあら、そうですの」


 袖下で口を隠しながら優雅に笑い、丁寧な口調の羽根に俺の君の自慢話をすれば。「のろけられてしまいましたわ」と言いながら、どこから持ってきた瓶から酒をこっぷに注いで、喉を鳴らしながら呷っていた。

 女人の態度としてはどうかと思う。でも酒はあまり好きじゃないから絶対に自分からは飲まないが、こうも美味そうに飲まれるとなんとはなしに飲みたい気分になってくるから不思議だ。

 ま、俺の君にうちに帰ってから会うかもしれないので絶対に飲まないが。万が一、億が一! 「酒飲みなんですねぇ」なんて言われたら立ち直れん。

 後ろで「家主の大吟醸!」と慈が叫んでいたような気がするが、羽根も俺も構いやしなかった。隠しておかないのが悪いんだ。

 のろけなんて照れるじゃないか! その通りなんだけれども。

 思わず俺の君の良いところが口をつく。料理が美味い、ほめ上手、おとすのが上手い、飴をくれた、おとし上手。おとすあたりを2回繰り返して、出かけのところ。


 慈に話したのと同じ話をすれば。その垂れた緑色の目を見開いて、羽根は頬を染めた。なんだ?


「あらあら、まるで王子様みたいな人ですのねぇ」

「王子様?」

「王の子、とりわけ男性に使う言葉ですわ。素敵な殿方に使うのよ」

「それなら知ってるが、でも違うな。俺の君は女人(にょにん)だぜ」

「「……え」」


 慈と羽根の声が重なる。石のごとく固まってしまった二人をよそに、俺はおれんじじゅーすを紙ぱっくからこっぷに移していた。

 俺の君の話をすると喉が渇いて仕方ない。

 いくら話しても話し足りないというのもあるが、いつもは俺の君が適度に茶の時間を入れてくれるから、そう思わないだけなんだが。

 まったく、俺の君は本人がいないところでも俺の意識をさらってくれるぜ! 割れ物を扱うように髪を撫でてくれた手を思い出し。にやけながら一人ゆっくりおれんじじゅーすを飲んでいれば、石から復活した二人が食い掛からんばかりの勢いで喋りかけてきた。おい、近いぞやめろ。


「あ、飴呑! 女人なのかい!?」

「本当に女性(にょしょう)ですの? その方。なんとイケメンな」

「いけめんってなんだい?」

「粋な方、という意味ですの」

「へえ、そりゃあいい。俺の君はいけめんだぜ」


 他の誰が言おうと、俺の君はいけめんに違いない。というか疑う余地もないな! 

 にやける口元を隠そうとコップを近づけた俺の肩を慈が掴んで振り向かせる。やめろ、溢れるだろう!


「私の質問に答えんか飴呑!」

「女人だよって言っているだろう」

「そ、そうか。とうとう飴呑にも春が来たんだな。いや、別に男だって構いはしないんだ、私たちに性別なんて大した問題じゃないし。にしても、這いずり回っていたいたころが懐かしいよ」

 

 何十年前の話をしているのかと慈を睨む。這いずり回っていたとか表現が嫌なんだが。抗議の意味も込めて睨み続けるが、自分の世界に入り切ってしまっているやつには通じなかった。無念だぜ。

 また話が長くなるのかとため息をつきつつ肩を落とせば、代わりに羽根が話しかけてきた。


「希少価値五の飴呑様がそこまで言うんですもの。その御方、一度見てみたいわ」

「なんだ、やらんぞ」

「あらあら、飴呑様がこんなに夢中なんですもの。素敵な御方なんでしょうねぇ」

「当然だ!」


 やっぱり羽根は話が分かる。次々と彼女が引っ越してきてからの思い出話をしていけば、最終的に目をうつろに、頬を紅潮させて俺を見た。

 荒く吐かれる息が酒臭かった。もうだめだ、酒が回ってやがる。その酒臭さに身を引こうとすれば、案外強い力で肩を捕まえられた。おい、痛いぞ離せ!


「ふふ、一度お会いしたいわ。(わたくし)の君」

「おい、俺の君だぞ!?」

「あの頃はね、戦後だったからまだ物資に乏しくて」


 そうして二十三時。収集がつかなくなった俺たちは解散とあいなった。





「ただいま」

「おかえりなさい、座敷童さん。集会、どうでした?」

「散々だったぜ」


 ちょうどお風呂から上がり部屋に戻ろうと階段のところにいたあたし。引き戸を開ける独特な音がしてし振り向くと、そこ、玄関には全体的に疲れた様子でぐったりと帰ってきた座敷童さんが。よほど疲れたのかゆっくりと草履を脱ぎながら肩を落としている。

 そんな座敷童さんから漂ってきたけして強くはないが無視できないくらいのお酒の香り。あたしは鼻をひくつかせた。いや、別に動物じゃないけど。ポーズだ、ポーズ。

 それにしては、足取りもしっかりしているし、その頬は相変わらず白い。酔ってはいないようだけれど少し飲んできたのだろうか。


「座敷童さん、お酒飲みました?」

「いや、酒飲みに絡まれたんだ。臭うかい?」

「それは災難でしたね。においは……はい、ちょっとだけ。でも」


 お正月前後なんかは親戚だのが集まって、忘年会やら新年会やらと言ってはどんちゃん騒ぎをしていたので気持ちはよくわかる。とにかくあの人たちは酒が飲みたいだけなんだよ。でも絡み酒だったりなんかしたら最悪で、面倒くささも一押しだろう。

 コップになみなみと注がれた醤油なんて飲めません。なにが「俺の醤油が飲めねぇってのか」だ。飲めねぇよ。むしろお前が飲め。

 あの酔っ払い独特の面倒くささを味わってきたのか、座敷童さん。本当に、お疲れ様です。

 でも一言、これは言っておかねば。


「遅くなりすぎです。あんまり夜遊びする悪い子は」

「き、君」

「こうして捕まえてしまいますよ」


 ちょっと躊躇ってから触れる程度に、その折れそうに細い手首を捕まえてね? と悪戯に笑えば、面白いくらいに瞬時に真っ赤になる座敷童さん。っていうかこのひと(?)本当に細いな。

 骨と皮しかないんじゃないかと思う、この手首。力を籠めれば簡単に折れてしまいそうな手首に内心震えながらも、容易に真っ赤になる顔にやっぱり少し飲んできたんじゃないと疑うが、座敷童さんは赤面症だったな、と思い直す。さまよっていた潤んだ桃色の瞳があたしを捉えた。


「ご」

「ご?」

「ごめんなさいいいい!!」


 自分の腕を上げてあたしの手を軽く振り払った座敷童さんは、あわただしく音を立ててと廊下を走り、自分の部屋へと立てこもってしまった。

 その後、集会があっても座敷童さんは二十時に帰ってくるようになった。

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