第十一章 〜変質〜 2
ミレイは瞬時に槍を突き出し、雷の刃が空気を裂く。稲妻の閃光が一瞬戦場を照らし、雪鬼の体に深く食い込む。しかし、霜を纏った氷の肉が雷の衝撃を吸収し、致命傷には至らない。
「簡単にはいかないか……」
ミレイはすぐに距離を取り、槍を回転させながら次の動きを探る。雷の高速攻撃だけでは決定打にならないなら——
「なら、燃やす!」
ミレイが息を吐くと、槍の先端に炎が灯る。赤熱した刃が氷を溶かし、熱と冷気が混ざり合う。
その隙に、リヴィアは低く身を沈め、雪鬼の関節を狙うように剣を振るった。鋭い刃が的確に急所を捉え、硬質な氷の体を削り取る。
「……霜が再生を邪魔してる?」
リヴィアは確信を持ち、次の一手を狙う。
「ミレイ、凍った部分を完全に焼き切れない?」
「やってみる!」
ミレイは跳躍し、槍を振り下ろした。炎が雪鬼の体を覆い、氷の表面が溶ける。その瞬間、リヴィアが鋭く踏み込み、溶けた箇所を寸分の狂いなく斬り裂いた。
「——砕けろ!」
雪鬼が断末魔の叫びを上げ、地に崩れ落ちる。
一方、バルドは雪の中に佇み、酒を傾けながら戦況を眺めていた。
「ほぉ……いい連携だったな」
彼は呑気に見えるが、敵の行動パターンを観察し、必要な時に介入する準備をしていた。
最後の一匹が逃げようとする。
「逃がさない……!」
ミレイの槍が火と雷を纏い、一瞬で敵の背後に回る。最後の一撃が決まり、雪鬼は音もなく砕け散った。
「よし、終わりね」
リヴィアが周囲を警戒しながら、剣を収める。
「さて、お前ら、お疲れさん」
バルドが酒瓶を掲げながら、満足そうに笑う。
「本当に戦う気がなかったの?」
リヴィアが呆れたように言うと、バルドは肩をすくめた。
「戦うべき時は戦うさ。でもな、お前らの動きが良かったから、口出しせずに見てたんだぜ?」
「……まぁ、いいけど」
リヴィアはため息をつく。
ミレイは槍を収め、静かに雪原を見渡す。
「次に戦う時は、もっと楽に倒せる」
「おお、頼もしいこった」
バルドは満足げに酒を飲む。
◇◇◇
歩を進めるうちに、どこか異様な感覚が漂い始めた。
「……空気が重い」
ミレイが小さく呟く。風は弱まっているのに、肌にまとわりつくような冷たさがある。
「これは……呪詛の気配だな」
バルドが立ち止まり、周囲を見渡す。彼の目が雪に残された異様な痕跡を捉える。
「呪詛……?」
リヴィアが剣の柄を握りしめる。視線の先、地面には黒く焦げたような痕が散在している。
「呪詛生命体が出るかもしれないわね」
リヴィアは静かに言った。その口調には確信があった。彼女は、故郷で極秘裏に研究されていた呪詛生命体の存在を耳にしたことがある。そして、その危険性も。
「そうだな……」
バルドがぼそりと呟く。彼の表情にはわずかな緊張が滲んでいた。
その時——。
「来る……!」
ミレイが素早く槍を構えた。
暗闇のような影が雪の中から立ち上がる。形を持たない黒い者たちが、じわりと広がりながら彼らを包囲するように出現する。
「出たか」
バルドが低く呟く。
リヴィアは剣を構えながら、静かに言う。
「攻撃は通らないわ……どう動くべきか考えないと」
「わかってる。でも——」
ミレイが槍を振るい、黒い者の一体へと突きを繰り出した。
槍が黒い影を裂き、確かな手応えとともに霧のような体が揺らぐ。
「……っ!? 通った……?」
リヴィアとバルドの目が見開かれる。
「おいおい……どういう理屈だ?」
バルドが驚愕しながら呟く。
「こいつらに干渉できる武器なんて……普通は存在しないはず」
リヴィアも信じられないという表情で、ミレイの槍を見つめる。
「そんなこと考えてる場合じゃない! 私が止めるから、魔法陣を探して!」
ミレイが黒い者の攻撃を捌きながら叫ぶ。
「了解!」
リヴィアとバルドは即座に周囲を探索し始めた。
「こっち!」
リヴィアが雪の下に埋もれた魔法陣を見つける。
「ミレイ、あと少し持ちこたえて!」
「わかってる!」
ミレイは槍を回転させ、黒い者たちを牽制し続ける。彼女の槍の軌跡が、霧のような影を次々と切り裂く。
「破壊するぞ!」
バルドが槌を振り下ろし、魔法陣を破壊する。
次の瞬間、黒い者たちが震えるように揺らぎ、やがて霧となって消えていった。
「……終わった?」
雪の中に黒い者の残滓がゆっくりと霧散していくのを見届けながら、ミレイは槍を収めた。
「……お前の槍、普通じゃねぇな」
バルドが酒瓶を軽く振りながら、怪訝な顔で呟く。




