表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
97/107

第十章 〜美味い料理と酒瓶と〜 7

 翌朝、ミレイとリヴィアは街を歩いていた。


 市場の活気ある声が響き、通りには行商人が並び、旅人や地元の住人が行き交っている。冷たい空気の中に焼きたてのパンの香ばしい匂いが混ざり、どこか穏やかな雰囲気が漂っていた。


 「……なんか、変な感じ」


 ミレイがぽつりと呟く。


 「何が?」


 リヴィアが横目でミレイを見やる。


 「いや……ただ、普通に歩けてるのが不思議でさ。ここ最近、どこに行っても誰かに狙われてる感覚があったから」


 ミレイは街の広場を見渡しながら、ゆっくりと息を吐いた。


 「確かに……今は、誰も私たちを気にしていないわね」


 リヴィアもまた、市場のざわめきを感じながら、周囲の人々の反応を観察する。


 誰も彼女たちを追っていない。


 誰も特別な関心を向けていない。


 それが、こんなにも違和感を覚えるものだとは思わなかった。


 「でも、だからって何かが変わるわけじゃない」


 ミレイは槍を肩にかけながら、前を向いた。リヴィアもまた、静かに頷く。


 「私も、進む道は変わらないわ。ガブリエルを追う。そのために、もっと力をつける」


 二人は顔を見合わせ、わずかに微笑んだ。


 バルドが後ろから軽く肩をすくめる。


 「まぁ、変わらねぇならそれでいいさ。ただ、旅は気楽にやれよ」


 「気楽に、ね……」


 ミレイは苦笑しながら、ふとパン屋の露店に目を向けた。


 焼きたてのパンを手にした子どもが笑いながら走り去る。


 その光景に、一瞬だけ、遠い過去の記憶が蘇る。


 「……いや、なんでもない」


 そう呟きながら、ミレイは改めて前を向いた。


 そんな時、周囲の会話が聞こえてくる。


 「東の砦が落ちたって話、聞いたか?」


 「聞いたよ。でも、今回は妙な話が多い」


 「妙な話?」


 「黒い霧が発生したらしい。それから数日後、砦とその周辺の村ごと静かになった。誰も戻ってこねぇし、戦場には死体もない」


 「消えたってことか?」


 「そういうこった。戦争なら、遺体くらいは残るはずだろ?」


 ミレイは足を止めた。リヴィアも眉をひそめる。


 「戦争でそんなことが起こるなんて……」


 リヴィアが静かに呟く。


 バルドが酒瓶を揺らしながら、無造作に言葉を挟む。


 「戦場に死体が残らねぇのは、普通じゃねぇな」


 「……バルド、何か知ってる?」


 ミレイが探るような目を向けるが、バルドは肩をすくめる。


 「いや、俺も聞いた話をつなぎ合わせてるだけだがな……。最近はどこも物騒だぜ。北方の国々はずっと魔王軍と戦争を続けてるが、こんな話は聞いたことがねぇ」


 「北方の国々……?」


 ミレイは疑問を口にした。リヴィアが補足するように説明する。


 「北方は、魔王軍の侵攻に長年耐え続けている地域。いくつもの国が力を合わせて戦っているけれど、決定的に勝てたことは一度もない」


 「要は防戦一方ってことだな」


 バルドが短く笑いながら言う。


 「その通り。だから、砦は重要なのよ。前線の拠点が一つでも落ちると、その影響は大きいわ」


 ミレイは腕を組みながら考え込む。


 「魔王軍の侵攻にしては不可解ね。普通の戦争なら、砦の兵士たちは戦って、死んで、それで終わるはず。でも、黒い霧の話が出てくると……」


 「……ただの戦争じゃないってこと?」


 リヴィアの言葉に、ミレイはゆっくりと頷いた。


 「......砦の様子が気になるね」


 バルドは酒を一口飲み、「へぇ」と感心したように言う。


 「なるほどな。じゃあ決まりか? 東の砦に向かうとするか」


 そのまま市場の中を歩きながら、三人は必要な物資を確認していく。


 「保存のきく食料は多めに持っておきましょう。向こうでは手に入らないかもしれないし」


 リヴィアが干し肉や硬質パンを手に取りながら言う。これまでミレイと二人で旅をしていたときは、最小限の食料を分け合いながらやりくりしていたが、三人となれば必要な量も変わる。


 「水袋もいくつか追加しようか……それに、携帯用の燃料も買っておこう」


 ミレイもまた、効率的に物資を選びながら、補給のバランスを考えていた。


 「防寒具も必要ね。東はこの街よりもさらに寒いでしょうし」


 「お前さんら、なかなか準備がいいな。俺は酒さえあれば十分なんだが……まあ、一応食い物くらいは買っとくか」


 バルドが呑気に笑いながら、乾燥果実と肉の詰まった袋を抱えた。


 「……バルド、本当にそれで大丈夫なの?」


 ミレイが呆れたように問いかけると、バルドは軽く肩をすくめる。


 「大丈夫、大丈夫。俺はそう簡単に死なねぇよ」


 リヴィアがため息をつきながら、バルドの袋の中身をちらりと確認する。


 「まったく……ちゃんとした食料も入れなさい。長旅になるんだから、酒だけじゃ動けなくなるわよ」


 「へいへい、お嬢さんがそう言うなら」


 しかし、そのままバルドは市場の別の棚を物色し始める。


 「んー……お、スパイスが売ってるじゃねぇか。どうせなら肉にちょっと味付けしたほうがいいよな?」


 「……何買ってるの?」


 リヴィアが冷たい目でバルドを見る。


 「いやいや、戦場飯ばっか食ってたら気が滅入るだろ? ちょっとした贅沢が大事なんだよ」


 ミレイは肩をすくめながら、リヴィアに目を向ける。


 「まあ、好きにすれば? どうせ持つのはあなたでしょ」


 「へいへい」


 市場の喧騒の中、三人はそれぞれ必要なものを揃え、砦へ向かう準備を整えていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ