第十章 〜美味い料理と酒瓶と〜 5
残る獣はすぐに仲間の死を理解し、攻撃を仕掛けてくる。ひとつはリヴィアに向かい、もうひとつはミレイの背後を狙う。
「させないよ!」
ミレイは瞬時に槍を回し、後ろにいる獣の進路を阻む。雪を蹴り上げながら、リヴィアの相手をする獣の方を見やる。
リヴィアは敵の牙を受け流しながら、確実に動きを封じるように立ち回る。無駄な攻撃をしない。最適な瞬間を狙う。
その時——
「そろそろ決め時だな」
バルドがのんびりと酒を飲みながら声をかける。
「わかってる!」
ミレイは瞬時に狙いを定め、槍の切っ先を敵の胸元へ突き込んだ。鋭い一撃が獣の急所を貫き、苦しげな唸りを上げる。
リヴィアもまた、正確な剣の一閃で最後の獣の動きを止めた。
——静寂。
雪の上に倒れる獣たち。吹雪はまだ止まず、冷たい風が頬を撫でる。
「……終わったね」
ミレイが静かに槍を納める。
リヴィアも剣を収めながら、ちらりとバルドを見る。
「で、あなたは?」
バルドはのんびりと酒をあおり、満足そうに頷いた。
「おう、お疲れさん」
「……何もしてないよね?」
ミレイが半ば呆れたように言う。
バルドは肩をすくめる。
「そりゃお前らが頑張ったからだろ?」
リヴィアはじっとバルドを見つめた。だが、彼は何食わぬ顔で酒瓶を揺らしている。
確かに、彼は戦いには加わらなかった。しかし、ミレイは彼が蹴り上げた雪に助けられた。
「……さて、そろそろ移動するか?」
バルドが立ち上がり、軽く伸びをする。
ミレイとリヴィアはまだ納得していない様子だったが、ここで追及しても埒が明かない。
「……行こうか」
三人は再び雪山を進み始めた。
◇◇◇
雪はなおも降り続き、一歩ごとに靴が沈み込む。冷気は容赦なく肌を刺し、視界は徐々に悪くなっていく。
「これ、吹雪になりそうね」
リヴィアが周囲を見渡しながら言う。
「寒いなぁ……飲むか?」
バルドが懲りずに酒瓶を掲げる。
「またそれ……さっきから飲みっぱなしじゃない?」
ミレイが呆れたように言う。
「酒はな、体を温めるもんだ。酔えば寒さなんて気にならねぇぞ?」
「気にならなくても、寒さで凍えたら意味ないでしょ」
リヴィアが鋭く言い返すが、バルドは気にした様子もなく喉を鳴らして酒を飲む。
「まぁまぁ。ほら、こうやって歩いてりゃ、体も温まるだろ?」
そう言いながら、バルドは雪を踏みしめる。確かに、冷えた体も歩き続ければ徐々に温まってくる。
「とはいえ、この天気はよくないわね……」
リヴィアは深く息を吐く。
「今のうちに、次の休憩場所を考えないと」
ミレイも周囲を確認しながら、進むべき方角を見定めた。
「まぁ、最悪俺の酒で暖を取るか」
バルドがまたしても酒瓶を振ると、リヴィアは呆れたようにため息をついた。
「……もう勝手にしなさい」
その軽いやりとりが、吹雪の中に消えていった。
◇◇◇
吹雪が本格的に強くなり、風が雪を巻き上げる。視界はほぼ真っ白になり、冷気が容赦なく頬を叩く。
「くっ……これ以上はまずいわね……」
リヴィアが腕で顔を覆いながら、必死に前を見る。
「岩陰でもあれば……!」
ミレイが叫ぶように言う。
その時、バルドが少し先の方を指さした。
「おい、あれ使えんじゃねぇか?」
視線を向けると、風で半ば埋もれかけた岩場があった。そこは吹雪をしのぐには十分な形をしている。
「行きましょ!」
三人は雪を踏みしめながら駆け寄った。岩場の影に入ると、一気に風の圧が弱まり、冷気の鋭さが和らいだ。
「ひとまず、ここで凌げるね。」
ミレイは軽く肩をすくめながら、槍を雪に立てた。
リヴィアも壁に背を預け、ゆっくりと肩を落とした。
「まぁ、これで少し休めるな」
バルドは酒を取り出しながら、口元を緩めた。
「……休憩するなら、まず火を起こすべきでしょ」
リヴィアが冷静に言うと、ミレイも頷いた。
「さっきの戦闘で体力も使ったしね……火は起こすよ。休んでて。」
「あー、やっと腰を下ろせるな。」
ミレイはわずかに息を整えた後、掌をかざし、魔力を込めた。次の瞬間、小さな炎が雪上に灯る。
焚き火の炎が揺らめき、岩場の影をゆっくりと温めていく。暖かさが指先へじんわりと広がり、張り詰めていた身体が少しずつ緩んでいった。
「ふぅ……これでようやく落ち着けるね。」
ミレイが火のそばに座りながら、手をかざした。
「まったく、ここまで来るのにどれだけ体力を削られたか……」
リヴィアも炎を見つめながら、小さく息をついた。
「お前ら、寒さに弱ぇなあ」
バルドが楽しそうに酒を傾けながら言う。
「……普通に寒いでしょ、この状況が平気なあんたのほうがおかしいのよ」
リヴィアが呆れたように言うと、バルドは肩をすくめた。
「酒があればなんとかなるもんさ」
「その理屈、どこまで本気なの?」
ミレイが半分笑いながら問いかけると、バルドは「さぁな」ととぼけてみせた。
吹雪の音が遠くで鳴る中、焚き火の温もりが三人を包み込んでいた。
しばらく、火のはぜる音だけが響く。
ミレイは足を伸ばしながら、肩の力を抜いた。
「……こうしてると、寒さを忘れそうだね。」
「火があるだけでずいぶん違うわね。」
リヴィアは炎をじっと見つめながら言う。雪山の冷気とは正反対の温かさが、ゆっくりと身体をほぐしていく。
バルドは酒を軽く振りながら、ふっと息をついた。
「こういうのも悪くねぇよな。雪山で飲む酒と焚き火ってのは、妙に落ち着くもんだ。」
「何でも酒につなげるのね……」
リヴィアが呆れたように言うが、ミレイは小さく笑う。
「でもまぁ、確かに静かでいいよね。」
吹雪の音はまだ遠く響いていたが、三人を包む空間には、静かで穏やかな時間が流れていた。




