第十章 〜美味い料理と酒瓶と〜 3
ガブリエルとの戦い、そして雪崩に巻き込まれる前までの戦闘——リヴィアは自分の記憶を辿った。ミレイの戦い方はいつも通りとは言えなかった。どこかで見覚えのある戦い方。けれど、それが何かを明確にできるほど、自分の頭は整理できていない。
(……私の気のせい? それとも、私自身が混乱してるだけ?)
自身の一族の話をされたことで、気が張り詰めているのは間違いない。今は無理に考えず、状況を整理すべきだ。
ミレイの横顔を盗み見る。焚き火の光に照らされた彼女の表情は、いつものままだった。
——とりあえず、もう少し様子を見るしかないわね。
リヴィアは静かにスープの器を置いた。
バルドは酒瓶を揺らしながら、のんびりと火を見つめている。
「ふぅ……温まるな」
そう言うと、彼は火に手をかざし、ゆっくりと指を曲げ伸ばす。
「お前さんたちは、どれくらいここで休むつもりだ?」
突然の問いに、ミレイとリヴィアは互いに視線を交わした。
「……状況次第だけど、長居はできない」
ミレイがそう答えると、バルドは軽く頷いた。
「そりゃそうだな。だが、急ぎすぎるのも考えもんだぜ」
彼は焚き火の炎を見つめながら、酒瓶を軽く揺らした。
「体が冷え切ったあとってのはな、動けるつもりでも意外と鈍ってるもんだ。特に指先や足先、動き出してから異常に気づくことが多い」
バルドの言葉に、ミレイは無意識に指を開いたり握ったりしてみた。確かに、違和感はないつもりだったが、力の入り方が少し鈍い気もする。
「……つまり?」
リヴィアが問いかけると、バルドは肩をすくめた。
「動くなら、少し体を慣らしてからにしとけってことさ。できればこうして温かいもんでも飲んで、のんびり足踏みでもしてからな」
彼は気楽な口調のまま、焚き火のそばで自分の足を軽く伸ばしてみせる。
「まあ、これはただの酔っ払いの戯言だが……雪山で足をやられると、後が厄介だぜ?」
ミレイとリヴィアは改めて互いの状態を確認するように視線を交わした。
ミレイは短く息をつくと、立ち上がり、ゆっくりと足を踏みしめた。靴越しに地面の冷たさを感じるが、指の感覚は戻りつつある。
「……確かに、思ったより鈍ってるかも」
そう言いながら、肩を回し、軽く屈伸する。
リヴィアも少し渋い顔をしながら立ち上がり、手を開閉して指の感覚を確かめた。
「仕方ないわね。少し体を慣らしてから行くわ」
バルドはその様子を見ながら、満足そうに酒をあおる。
「そりゃいい判断だ。急ぐのも大事だが、動けなくなったら元も子もねぇからな」
彼は焚き火に薪をくべ、ぱちぱちと燃える音を聞きながら微笑む。
◇◇◇
しばらくの間、焚き火の温もりを堪能しつつ、三人は静かに時間を過ごした。
ミレイは槍を手に取り、軽く振るって感覚を確かめる。長時間の休息で動きが鈍っていないかを確認しながら、慎重に数度、突きを繰り出した。
リヴィアも剣を抜き、軽く振るって手応えを確かめる。雪山の寒さで刃が凍りついていないか、鞘に戻す前に念入りに点検した。
「準備はできた?」
ミレイが問いかけると、リヴィアは小さく頷きながら毛布をたたみ、荷物を整えた。
「ええ、もう大丈夫よ」
バルドはゆったりとした動きで腰を上げ、軽く伸びをする。
「さて、俺も行くとするか」
彼の何気ない一言に、ミレイとリヴィアは同時に顔を上げた。
「……ついてくる気?」
リヴィアが訝しげに尋ねると、バルドは肩をすくめて笑う。
「心配すんな。俺は俺のペースで歩くだけさ。たまたま行く方向が同じってだけの話だ」
「本当に?」
リヴィアの疑いのこもった視線をよそに、バルドは酒瓶を腰袋にしまい込んだ。
「別にお前さんたちの邪魔をするつもりはねぇよ。ただ、雪山を一人で歩くのも味気ないしな」
ミレイは少し考えた後、静かに頷いた。
「……どのみち道は一つだし、別々に行く意味もないね」
バルドは満足げに笑い、洞窟の入り口へと向かう二人の後に続いた。
外へ出ると、冷気が鋭く肌を刺した。視界は悪くないが、吹き付ける風は厳しい。
「さて、行くか。雪道は長ぇぞ」
バルドがそう言うと、三人は雪深い山道へと足を踏み出した。




