第三章 〜少女との出会い〜 1
焚き火の火は小さくなり、ミレイは静かに立ち上がる。今のままでは、この場所にとどまるのは危険だ。次にどこへ向かうべきか。
「……どっちに行こう。」
森の奥へ進めば、より危険な魔物がいる可能性が高い。水場を頼りに下流へ向かえば、食料は確保しやすいが、流れがある分、獣も集まりやすい。
だが、最も合理的なのは——高台を探し、周囲の地形を確認すること。
「……高い場所なら、森の全体が見えるはず。」
登る途中で何かに遭遇する可能性はある。だが、それはどこへ向かっても同じことだ。ならば、より確実な選択肢を取るべき。
「……行くしかない。」
ミレイは槍を握りしめ、高台へ向かう決断をする。
森の中を慎重に進む。木々の合間から差し込む陽光が揺れ、朝の霧がまだ地面に残っている。地面は湿っており、踏みしめるたびにわずかにぬかるむ。頭上では鳥が警戒するように鳴き声を上げ、風が梢を揺らしていた。
歩きながら、周囲の音に注意を払い、落ち葉の上でも極力足音を抑える。気配を殺すのは、魔物に狙われないためでもあり、必要なら不意を突くためでもある。
「まずは、登れそうな場所を探さないと……。」
高台へ向かうとは決めたものの、この森がどれほどの広さなのか、どこに高台があるのかも分からない。視界が悪い以上、登れそうな岩場や丘を探す必要がある。
しばらく歩くと、少しずつ木々の隙間が広がり、地形がわずかに傾斜を持ち始めた。土の感触が変わり、木の根が地面から浮き上がるように絡み合っている。登れそうな斜面がある。
そのとき——。
低い唸り声が聞こえた。
ミレイは反射的に身を低くし、視線をそちらへ向ける。
木々の間、わずかな隙間から見えたのは、一匹の魔獣。体長は狼ほどだが、爪が異様に長く、尾が蛇のようにしなっている。目は鈍く赤く光り、獲物を探すかのように鼻をひくつかせていた。
「……気づかれてない。」
ミレイは息を潜め、相手の動きを観察する。慎重に間合いを測りながら、槍を握り直した。
「試す……なら、今しかない。」
ただ逃げるだけでは、いつか行き詰まる。戦闘の感覚を養うためにも、ここで倒しておくべきだ。
地面を踏みしめ、ゆっくりと間合いを詰める。呼吸を抑え、槍の先を低く構えた。獣の動きを見極め、最適な攻撃のタイミングを探る。
——今。
瞬間、足に力を込め、一気に飛び出す。槍の先端が獣の横腹を正確に狙い、突き出される。
鋭い刃が獣の皮膚を貫き、獣が短く悲鳴を上げる。反撃される前に、素早く槍を引き、さらに突きを繰り出す。二撃目が首に当たり、獣は力なく崩れ落ちた。
「……倒した。」
息を整え、槍を見下ろす。刃の先には血が滲んでいる。命を奪った手応え。
昨日は生きるために狼と戦った。今朝は食べるために仕方なく獲物を仕留めた。だが、今回は違う。
戦うか、避けるかを自分で選び、そして殺した。
胸の奥に小さな違和感が生まれる。だが、それは迷いではない。むしろ、驚くほど冷静で、落ち着いていた。自分の中のどこかが、確かに変わり始めている気がする。恐怖ではなく、ためらいでもなく、ただ現実として受け止められるようになっている。
「……私、もう躊躇ってないんだな。」
独り言のように呟き、槍を握り直す。血の匂いが微かに鼻をくすぐった。しばらくして、ふと視線を槍に移す。
ありあわせで作った武器だが、存外役に立っている。しかし、即席の武器では、いつか限界がくる。さっきの戦闘で槍の先端がわずかに摩耗しているのが分かった。突きの衝撃で骨の部分に小さなひびが入っている。
「……このままだと、戦うたびに消耗していく。」
武器が壊れれば、それだけ生存率が下がる。今後のために、より強い素材や鍛える手段を探さなければならない。
しかし、今倒した獣の素材を眺めても、今の槍を大幅に強化できるほどのものではなかった。既に狼の骨を使って加工している以上、適当な素材では意味がない。
「……もっと、ちゃんとした素材が必要か。」
そう呟くと、ミレイは槍の柄を軽く叩き、もう一度しっかりと握り直した。戦いが続く限り、これは自分の命を預ける相棒になる。そのためにも、より強い武器を手に入れる手段を考えなければならない。
槍を肩に担ぎ、深く息を吸う。そして、再び前へと歩き出した。