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第九章 〜逃亡の末に〜 18

 雷鳴が轟き、ミレイの槍が電撃を纏いながら走る。リヴィアの剣が精密な軌道を描き、ガブリエルの隙を狙う。


 しかし——


「遅い」


 ガブリエルは、まるで先を見透かしているかのように、リヴィアの剣を弾き、ミレイの槍を受け流した。


 次の瞬間、彼の反撃が二人を襲う。


 閃光のような斬撃。


 リヴィアの剣も、ミレイの槍も、すべて受け流されている。

 一度でも相手の流れに飲み込まれたら、終わる。

 それが直感的に分かる。


 これでは勝てない——。


 その時。


 ミレイは、自分の内側で何かがほどける感覚を覚えた。

 思考が、溶けていく——。

 考えることが消え、ただ反応するだけの状態へ。


 光と影のコントラストがはっきりと浮かび上がる。

 すべての動きが遅く見える。

 見える——わかる。


 敵の動きが。


 ああ、動きが……見える。


 ガブリエルの剣が振り下ろされる。

 本来なら、その鋭い軌道を回避することは難しいはずだった。

 けれど——


 ミレイの槍がわずかに角度を変える。


 それは考えた攻撃ではない。

 体が勝手に動いた。


 流れるような動作で敵の剣を導き、わずかな隙間を見出す。

 ただの斬撃が、敵の隙を生む技へと変貌していく。


 ガブリエルの目が僅かに細められる。


「なんだこの動きは……」


 そして、ミレイの気配が消えた。


 目の前に立っているはずの彼女が、一瞬、見えなくなる。


 影が揺らぎ、輪郭が曖昧になる。 音が消え、存在そのものが不確かになった。


「……どこ?」


 リヴィアが息を呑む。


 雷の閃光が空を裂き、影が無数に揺らぐ。炎のゆらめきが加わり、ミレイの輪郭が幾重にも映る。


 目の前にいるはずのミレイの姿が、どれなのか判別できない。


 ——すぐ横で、甘い囁きが響く。


「どこを見てるの?」


 ガブリエルの剣がそちらへ向く。しかしそこにいたはずのミレイは、いない。


 その瞬間、逆サイドからの高速突きが走る。槍の鋭い軌道が、ガブリエルの側面を貫こうとする。


「——なるほど。翻弄は誘導のためか」


 ガブリエルは瞬時に剣を戻し、槍を弾く。だが、ミレイはその動きすら見えていたかのように、次の攻撃へ移行していた。


 槍を押し込んだまま、彼の足元を狙う軌道へ。


 ガブリエルはすぐに後方へ跳び、地面を強く蹴って距離を取る。しかし、その一瞬の隙を逃さず、ミレイが再び飛び込んできた。


 ガブリエルの視界に、雷光を纏った槍が映る。


「……速いな」


 冷静に言葉を零しながら、ガブリエルは刃を旋回させる。槍の突きを受け流し、反撃に移るつもりだった。


 だが、ミレイの攻撃はそれだけでは終わらなかった。


 槍の軌道が、異常なほど柔軟に変化する。突きの勢いを利用し、そのまま横薙ぎに切り裂くように振るわれた。


 ガブリエルは間一髪で体を逸らし、剣で槍を弾く。しかし、すぐさま第二撃が繰り出された。


 ——連撃。


 しかも、それはただの連撃ではなかった。


 一撃一撃が異なる軌道を描き、意図的に死角を狙っている。


 槍の先が鋭く閃き、喉元を狙ったかと思えば、次の瞬間には膝を砕くような低い一撃が放たれる。


 ガブリエルは防御に徹する。


 剣を回し、槍の軌道を逸らしながら、少しずつ後退していく。


 ——まるで、戦場を支配されているかのような錯覚を覚えた。


 リヴィアがそれを見つめながら、息を呑む。


「……ミレイ、いつからこんな戦い方を……?」


 ガブリエルが跳躍して回避しようとした瞬間——


 次の声が響く。


「そんなに焦って……どうしたの?」


 ——背後から。


 ミレイは跳んでいないはずだった。 なのに、次の瞬間、彼女は頭上にいた。


 ガブリエルの剣が反射的に振り上げられる。


 雷を帯びた槍が、重力を乗せて振り下ろされる。ガブリエルの回避が、一瞬遅れた。


 刃が肩の鎧を掠める。雷の火花が弾け、マントを焦がした。


 しかし、ガブリエルはすぐさま体勢を立て直す。


「……通ったか」


 ガブリエルが低く呟く。


「ミレイの攻撃が……当たった?」


 リヴィアが目を見開く。


 しかし——その瞬間、リヴィアの血の気が引いた。


 ミレイが、笑っていた。


 それは、普段の彼女ならありえない、不気味な笑み。


「……え? なんで……?」


 リヴィアの中で、嫌な既視感がよぎる。


 いつか見た気がする。


 こんな戦い方をする人を。


 ——けれど、それはミレイじゃない。


 ミレイの槍が、まるで生き物のように軌道を変え、再びガブリエルに迫る。


 ガブリエルは即座に受け流し、距離を取ろうとする。


「……だが、それは俺には通じん」


 彼の剣が閃く。


 しかし、ミレイの動きはさらに加速していた。


 槍が地面を削る。


 雷光が周囲を照らし、影が蠢くように揺らめく。


 ミレイの攻撃は止まらない。


 次の瞬間、彼女の槍がありえない角度から突き込まれる。


 ガブリエルはそれを躱しながらも、一歩後ずさる。


 リヴィアは目を見張った。ミレイが押している。


 でも——


「ミレイ……?」


 その名を呼んでも、ミレイは答えない。


 槍を握る手が微かに震え、呼吸が浅くなっているはずなのに、彼女の表情には疲労の色がなかった。


 代わりに——


 微笑んでいた。


「……ずいぶん余裕がなくなってきたね」


 低く囁くような声。


 その声音には、かすかな楽しげな響きが混じっていた。


「もっと本気を出してよ。こんなのじゃ、すぐ終わっちゃうよ」


 槍の切っ先が、弧を描くように揺れながらガブリエルを狙う。


 しかし、それは牽制ではない。


 次の瞬間、ミレイの足が地を蹴る。


 雷が閃き、槍が弾丸のように一直線に突き込まれる。


 ガブリエルは瞬時に剣を構え、刃の平で受け流す。


 しかし、その瞬間——


「はい、そこ」


 ミレイの声が耳元で囁いた。


 間合いを詰めると同時に、槍の柄がガブリエルの腕をかすめる。


 鋼の隙間、わずかに露出した部分に灰槍が触れた。


 途端に、ガブリエルの脳裏に鋭いノイズが走る。


 思考がわずかに鈍る。


 ガブリエルはすぐに距離を取ろうとするが、ミレイはそれを許さない。


「逃げないでよ」


 雷のような速度でミレイが再び踏み込み、槍の先端をガブリエルの胸元へ滑り込ませる。


 再び灰槍が防具の隙間に触れる。


 視界が霞み、耳鳴りが響く。


 それだけではない。


 胸の奥に、言葉にならない不快感が広がる。


「ねえ、どうしたの? 目が泳いでるよ?」


 ミレイの囁きが、まるで思考に絡みつくように響く。


 ガブリエルは剣を振るい、槍を弾こうとする。しかし、ミレイの動きはすでに次の手を読んでいたかのように、それを躱す。


 そして、さらに踏み込む。


 灰槍が再びガブリエルの防具の隙間に触れ——


「ほら、楽になってきたでしょ?」


 静かな笑みを浮かべる。


 ガブリエルは剣を地面に打ちつけた。


 金属音が響き、頭の中にあった霧がわずかに晴れる。


 深く息を吐き、目を細める。


「……なるほど、そういうことか」


 彼は、目の前の少女が確かに"戦いを知った"ことを悟った。


 そして、その戦い方が、あまりにも——


 それでも、まだ完全に染まり切ってはいない。

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