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第九章 〜逃亡の末に〜 16

 廃都の中心にそびえ立っていたはずの王宮は、すでに崩れ去り、瓦礫の山と化していた。石造りの壁は無惨に崩れ落ち、広間の天井はほとんどが抜け落ちている。


 かつての優雅な装飾はすべて風化し、床に散らばる彫刻の破片が、わずかに栄華の名残を留めていた。空が剥き出しになった大広間の中央には、朽ちた王座の残骸が寂しく横たわっている。


 リヴィアとミレイは、慎重に瓦礫を踏み越えながら内部を探索していた。


「……やっぱり、もう何も残ってないわね」


 ミレイが軽く息をつきながら、崩れた柱の上を見上げる。廃都には価値のある物資が残っている可能性もあると踏んでいたが、目立った収穫はない。


「リヴィア、そっちは?」


「……まだ見てない場所があるわ。あなたは外側をもう少し見てくれる?」


「了解。でも、何かあったらすぐ呼ぶんだよ?」


「ええ、分かってる」


 ミレイは軽く手を振り、王宮跡の別のエリアへと向かっていった。


 ——リヴィアは、ゆっくりと王座の前へと歩みを進める。


 その瞬間、喉の奥がひどく乾いた。冷えた空気が肌を撫でるたびに、過去の記憶が鮮明に蘇る。


 燃え盛る炎。焦げた血と灰の匂い。剣と剣が交錯する甲高い音と、人々の絶叫。崩れ落ちる石壁と、黒煙に包まれる王宮の塔。


 そして——


 ガブリエルの剣が、父の命を奪った光景。


 リヴィアの胸が、怒りで灼かれるように熱を帯びる。全身が張り詰め、呼吸が乱れた。


 その時——


 ——カツン。


 乾いた音が広間に響いた。


 リヴィアは反射的に振り返る。


 この足音——違う。


 ミレイではない。


 軽やかで気配を殺した動きとは違う、確かな重みを持った足音。鋼鉄のような強さを感じさせる歩み。無駄がない、まるで計算されたような動き。


 広間の入り口——そこに、ガブリエルがいた。


 心臓が跳ねた。指先がかすかに震え、熱いものが喉の奥から込み上げる。だが、それを無理やり飲み込んだ。


 まだこちらに気づいていない。彼の歩調はゆったりとしており、視線は王宮の残骸を淡々と眺めている。


 リヴィアの指先がわずかに震えた。だが、それをすぐに押さえ込む。


(……感情に流されるな)


 殺意が脳を焼き尽くしそうになる。剣を抜き、今すぐ駆け出したい衝動に駆られる。しかし、それではダメだ。ただ突っ込んでも、あっさりと捻じ伏せられるだけ。


 だからこそ——


 息を殺す。


 身体の力を抜き、戦場の影に溶け込む。


 刹那、熱がすっと消えた。全身の感覚が研ぎ澄まされ、剣を握る指に微かな冷気が宿る。


 (……いける)


 無音のまま、リヴィアは一歩踏み出した。


 音もなく、影のように走る。


 夜の闇を裂くように、剣が閃いた。狙うは首筋。確実に仕留めるための、最短の一撃。


 決まった——


 刃が軌道に乗り、狙い通りに突き進む。


 その瞬間。


 ガブリエルが微かに身を引いた。


 ——避けた? いや、違う。


 知っていた。


「……遅い」


 ガブリエルの冷淡な声が響くと同時に、剣が弾かれた。鋭い衝撃が手首を駆け抜ける。


(なっ——!?)


 次の瞬間、重い蹴りが腹部を叩きつけた。


「——くっ!」


 リヴィアの身体が吹き飛ぶ。数メートル先の地面を転がり、すぐに体勢を立て直す。しかし、ガブリエルはすでに次の斬撃を放っていた。


 殺される——


「まだその程度か……」


 その時、外の方角で何かが動いた。


 ——ズドンッッ!!


 雷鳴が轟き、閃光が闇を裂いた。


 戦闘の音に、ミレイが即座に駆けつける。


「リヴィア!?」


 ミレイは状況を一瞬で把握し、槍を構えながら戦線へと割り込む。


 ガブリエルは、そんな彼女を見下ろしながら、静かに言った。


「お前は……」

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