第九章 〜逃亡の末に〜 8
森を抜け、町へと続く道を歩いていたミレイとリヴィア。緑の葉が風にそよぎ、木漏れ日がまだ湿り気の残る土の道を柔らかく照らしている。鳥のさえずりが遠く響く中、二人は無言で歩を進めていた。
ふと、静かな風の合間にかすかなすすり泣きが混じった。ミレイの足が自然と止まり、リヴィアもすぐにその異変に気づく。
「……今の、聞こえた?」
リヴィアが問いかけるまでもなく、ミレイの視線は道の脇へ向かっていた。木々の陰に、小さな影が蹲っている。柔らかな光に照らされたその姿は、か細く震えていた。
「……迷子?」
ミレイがぼそりと呟くと、リヴィアは肩をすくめる。
「どうする?」
「放っておくわけにはいかないでしょ」
短くため息をつきながら、ミレイはゆっくりと影へ近づいた。草を踏む音に気づいたのか、小さな肩がびくりと揺れる。
「どうしたの?」
優しく声をかけると、顔を伏せていた子どもがそっとこちらを見上げた。大きな瞳には涙がたまっており、頬には泥の跡が残っている。
「……うぅ、ママとはぐれちゃったの……」
涙を拭おうとする小さな手は、すでに土で汚れていた。迷ってから時間が経っているのが一目でわかる。
「そっか。名前は?」
「ティナ……」
ミレイは少し考えた後、そっと微笑んだ。
「ティナ、落ち着いて。お母さんがいそうな場所、思い当たる?」
ティナは涙を拭いながら、こくんと頷く。
「市場……いつも、一緒にお買い物に行くの……」
「なら、そこまで一緒に行こうか」
「ほんと?」
「うん。でも、泣いてると見つけてもらえないよ?」
ミレイが優しく言うと、ティナはぎゅっと唇を噛み、涙をこらえるように拳を握った。
「……わかった!」
その様子を見て、リヴィアは腕を組みながら小さく笑った。
「あなた、子ども相手だと妙に優しいのね」
「……気のせいじゃない?」
とぼけながら、ミレイはティナの小さな手を軽く引いた。
◇◇◇
町への道すがら、ティナは二人を見上げながら興味津々に話しかけてきた。
「お姉ちゃんたち、冒険者なの?」
「まぁ、そんなとこかな」
ミレイが適当に答えると、ティナの目がぱっと輝く。
「その槍、大きいね! かっこいい!」
「へぇ、見る目あるじゃん」
ミレイは槍を軽く肩に担ぎながら、片目を瞑って笑った。
「お姉ちゃんは?」
ティナはリヴィアの腰に下げた剣を指差す。
「……私は剣を使うわ」
「剣と槍! すごいね!」
ティナは無邪気に言いながら、二人の武器を交互に見比べた。
「槍のお姉ちゃんと剣のお姉ちゃんだ!」
そう言って笑うティナを見て、ミレイは苦笑しながらリヴィアを見やった。
「槍のお姉ちゃん、だってさ」
「……真っ先に目につくものね」
リヴィアは少しだけ呆れたように微笑んだ。
そうして数分後、町へと続く道の途中で母親と再会する。
「ティナ! どこにいたの!?」
「ママ!」
母親の腕の中へと駆け込むティナ。彼女の小さな体を抱きしめる母の瞳にも、安堵の涙が浮かんでいた。
抱きしめられながら無邪気な笑顔を浮かべているティナの横顔に、ファル=ガルドで別れたリーナの姿が重なった。
(会いに行く暇、なかったなぁ)
あの日、置いていかないでと叫んだリーナの姿は今もまだ、心の中に強く焼き付いている。親子の再会を見ながら一抹の寂しさがミレイの心を撫でた。
ミレイはリヴィアに軽く目配せをした。
「じゃ、行こっか」
「ええ」
立ち去ろうとしたそのとき——
「お姉ちゃんたち、ありがとう!」
ティナがぱっと振り向き、満面の笑顔で手を振った。
ミレイはちらりと振り返り、苦笑する。
「……なんか、照れるね」
「ふふ。まあ、悪くないんじゃない?」
そうして二人は、何気ない善意の結果が後に波乱を呼ぶとも知らず、町へと歩を進めていった——。




