第九章 〜逃亡の末に〜 4
森の中、踏み込んだ瞬間にそれは始まった。
周囲に隠れていた敵が一斉に動き出し、弓兵が木の上から矢を放つ。すぐさま矢が降り注ぐが、ミレイは槍を一閃し、迫る矢を叩き落とす。
「待ち伏せってわけね」
リヴィアは瞬時に剣を抜き、周囲の動きを確認する。
だが、次の瞬間——地面が弾けるように炸裂した。
「くっ……!」
仕掛けられていた魔法罠が作動し、周囲の土煙が舞い上がる。同時に、煙の中から影が飛び出し、接近戦を挑んできた。
「狭い空間に持ち込む気か……っ!」
ミレイは槍を横薙ぎに振り、敵を牽制する。
しかし、敵の動きは洗練されていた。ただの追手ではない。
槍を握る手に力がこもる。
「でも、こっちの狙い通りだよ」
ミレイは口角を上げ、槍を低く構える。
敵は確かに仕掛けてきた。しかし、それはミレイたちがすでに察知し、乗るフリをして誘導したものだ。
煙に紛れて、リヴィアがするりと影へと消えた。
「ミレイ!」
リヴィアの声が響くと同時に、ミレイが槍を突き出す。直後、リヴィアが敵の死角から飛び込み、一閃。
悲鳴を上げる敵が崩れ落ちる。
「うん、いい感じ」
ミレイが笑いながら、次の敵を見据えた。
しかし、敵もただの雑兵ではなかった。すぐに態勢を立て直し、剣士が前に出る。
「ここからが本番みたいだね」
ミレイは小さく槍を回し、戦闘の構えを整えた。
相手の視界を奪うように、砂埃を舞い上げる。
敵の剣士が突き込んでくる。だが、ミレイはそれを待っていた。
体をわずかに傾け、槍の柄を使って相手の剣を受け流す。次の瞬間、槍の軌道が一瞬消える——かのように見えた。
敵が防御を取ろうとしたその刹那、ミレイの槍は鋭く突き込まれた。
「なっ……」
敵の剣士は反応が遅れた。ミレイの動きは流れるようで、しかし冷徹だった。
「今の、一番いい選択肢だった?」
敵の身体が傾ぐ。だが、ミレイはすぐに槍を引き、次の敵へと視線を向ける。
無駄がなく、的確で、そして——異様に正確な動きだった。
相手の攻撃を引き出し、絶妙な位置へと誘導し、ほんの僅かに体勢を崩させたところで仕留める。
ただの力ではない。計算され尽くした動き。
気配が消える。
「どこだっ!?」
敵の一人が混乱したように叫ぶ。その背後で、影が揺れた。
「後ろ」
ミレイの囁きとともに、槍の柄が首筋に叩き込まれる。精神が揺さぶられた男は短く呻き、膝をついた。
「怯みが足りない。なら……」
ミレイはすぐに蹴りを放ち、男を転倒させる。そのまま次の標的へと移る。
その間、リヴィアの剣が音もなく敵の喉元を裂いた。
「ミレイ、何か変ね……」
リヴィアが低く呟く。彼女の視線の先、ミレイは冷静に戦場を眺めていた。
「どこが?」
「……なんでもないわ。続けましょう」
リヴィアは軽く息をつくと、再び剣を構える。
しかし、次の瞬間——森の奥から、新たな気配が現れた。
「増援……か」
ミレイが小さく呟く。
十数人の兵士が森の闇から現れ、戦線を張る。しかし、妙だった。彼らはすぐに仕掛けることなく、じりじりと間合いを詰めながら様子を伺っている。
「動きが……鈍い?」
リヴィアも違和感を感じた。増援ならばもっと積極的に攻めてくるはずだ。しかし、彼らは何かを躊躇っているようにも見える。
「どうする?」
リヴィアが訊くと、ミレイは槍を構えながら目を細めた。
「まずは牽制。向こうの狙いを探ろう」
そう言うや否や、ミレイは地面を蹴り、飛ぶように前へ出た。槍を振りかざすのではなく、あえてその軌道を見せつけるように動く。
——すると、敵はすぐに後退した。
「……やっぱり、何かある」
ミレイは確信した。彼らは純粋に戦闘を仕掛けるために来たのではない。何かを待っている。
「私たちを、消耗させたい?」
リヴィアの考えが言葉になる。ミレイも同じ考えだった。
ミレイはわずかに息を整え、槍を持つ手を軽く回す。次の瞬間——気配が消えた。
「……ミレイ?」
リヴィアが視線を巡らせるが、そこにはもう彼女の姿はなかった。
敵兵が混乱したように辺りを警戒する。森の静寂が一瞬、重く張り詰めた。
「どこだっ!?」
背後から、低い囁き声が響いた。
「ここだよ」
敵の一人が目を見開くと同時に、槍の柄が首筋に押し当てられる。
「何を待ってるの?」
冷たい声が囁かれる。敵兵は一瞬、動けなくなった。
「お、おい! 奴が消えたぞ……!」
別の兵士が焦りながら叫ぶ。しかし、すでに遅かった。
ミレイの気配が再び現れたかと思うと、今度は別の敵の肩を軽く叩いた。
「ねえ、あなたたち……時間を稼いでいるの?」
瞬間、兵士は悲鳴を上げて後ずさる。だが、その動きを読んでいたように、ミレイの槍が低く構えられる。
リヴィアは息をのみながら、その様子を観察していた。
まるで、獲物を——
それは、彼女が今まで見てきたミレイの戦い方とは、どこか違っていた。いや、厳密にはここまでではなかったと言うべきか。
しかし、敵が次にどう動くのか、まだ見極める必要がある。
リヴィアは剣を構え直し、小さく囁いた。
「……もう少し、様子を見るわよ」




