第九章 〜逃亡の末に〜 2
魔物との戦闘が終わったのも束の間、二人はすぐに次の脅威を察知した。
「……魔物だけじゃない。追っ手か盗賊か、どっちかね」
リヴィアが剣を拭きながら、遠くの物音に耳を澄ませる。
「どっちにしろ、私たちを狙ってるんだね」
ミレイは槍を構え直し、わずかに口元を歪めた。森の静寂の中、乾いた笑い声が混じる。どうやら、人間のようだ。
「……おいおい、女二人でこんな森の中とは、物好きな連中だな」
影の中から、武装した男たちが姿を現す。盗賊にしては装備がしっかりしている。雇われた追っ手かもしれない。
「さて、どうする?」
ミレイが小さくリヴィアに問いかける。
「数は?」
「……六人。あの装備なら、戦闘慣れしてる可能性が高い」
リヴィアが剣を握り直す。
「なら、さっさと終わらせるわよ」
そう言いながら、二人はまったく同じタイミングで動き出した。
槍が先陣を切り、敵の足を止める。突きを受けた男が、驚いたように膝をつく。その瞬間、リヴィアが一歩踏み込み、喉元へ鋭い一撃を叩き込んだ。
「な、なんだ……!? 体が……」
倒れた男が怯えた声を漏らす。
「槍を受けた奴、動きが鈍ってる!」
敵の一人がすぐに異常に気づき、仲間に警告を発する。
「……そっちもか」
ミレイは槍を回しながら、倒れた男の顔を覗き込んだ。恐怖に染まった瞳が、明らかに何かを感じ取っている。
「無駄なこと考えてないで、降参すれば?」
敵のうちの一人が、明らかに探るような目でミレイを見ていた。
「そんなこと、すると思うかよ……!」
敵が剣を振るう瞬間、ミレイは槍を素早く回転させ、柄を相手のこめかみに叩きつける。男の体がびくりと痙攣し、次の瞬間、膝をついた。
「……くそっ……なんだ、この感覚……!」
「もう少しで分かるんじゃない?」
ミレイが淡々とした口調で呟き、次の一撃を放つ。
森の中に、再び戦闘の音が響き渡った。
◇◇◇
戦いは次々と続いた。森を抜けるたび、新たな刺客が現れる。
「どこまで来るつもりなのかしらね」
リヴィアが息を整えながら、剣の切っ先から滴る血を振り払う。足元には倒れた追っ手の姿が転がっていた。
「しつこいよね。でも、そのおかげで休む暇がないってのも悪くない」
ミレイは口元にわずかに笑みを浮かべながら、槍を肩に担ぐ。彼女の服には返り血が散っていたが、気にする様子はない。
「悪くない? 普通の感覚なら、嫌になるところよ」
「まあね。でも、今は動いてるほうが気が楽なんだよ」
ミレイの言葉に、リヴィアは微かに目を細める。
「……そういうの、少し気になるわね」
しかし、話を続ける暇はなかった。森の向こう側、開けた丘の上に数人の影が現れる。
「また来たみたいね」
リヴィアが視線を向けると、武装した男たちがこちらを見下ろしていた。
「この数……さっきより多いね」
ミレイは数えるように視線を滑らせる。
「十人はいるわね。私たちを囲むつもり」
リヴィアが冷静に分析する。追っ手たちはただの盗賊とは違う。統率された動きで包囲しようとしている。
「いいね、今度はちょっと工夫しないといけないみたい」
ミレイは槍を回しながら、戦闘の準備を整える。その表情には冷静さの奥に、一抹の異様な静けさが宿っていた。
「工夫って?」
「陽動を入れつつ、各個撃破。リヴィア、先に側面を崩して」
「了解。あなたは?」
「前線を引っ掻き回すよ」
その瞬間、ミレイは一気に前へと踏み込んだ。槍を回転させながら、敵の注意を引く。敵の数に対して正面からの突撃は無謀に思えたが、彼女の動きは異質だった。
「くっ……動きが……!」
槍の柄が相手の腕を叩き、精神干渉の影響で男が身を震わせる。その隙を逃さず、リヴィアが背後から剣を振るった。
「このまま突破する!」
リヴィアの声に、ミレイは頷き、再び槍を構える。
ミレイの槍捌きは、まるで相手の動きを見透かしているかのようだった。
回避ではなく、誘導。
圧倒するのではなく、支配する。
敵が剣を振るうよりも早く、一瞬の戸惑いを生み出し、次の行動を奪う。
まるで遊ぶように、意図的に敵を惑わせていた。
突如、ミレイが足元の土を強く蹴り上げ、乾いた砂埃が舞い上がる。
「視界が……!」
敵が咄嗟に後退する。しかし、ミレイはその一瞬の迷いを見逃さなかった。槍の先端を軽く旋回させ、敵の足元を払うように動かす。倒れかけた相手の隙を、リヴィアの剣が鋭く捉えた。
「逃がさない!」
リヴィアの剣が突き込まれ、敵は呻き声を上げて倒れ込む。
「次は……っと」
ミレイは軽く跳ねるように動き、敵の攻撃をかわしながら、別の相手へと意識を向ける。
「なんだ……? こいつの動き、何かがおかしい……!」
別の敵が困惑しながら、ミレイを見つめる。
彼女は確実に攻撃を仕掛けるのではなく、まるで相手を弄ぶかのような軌道を描いていた。槍を回しながら、不規則な動きで敵の行動を惑わせる。
「そろそろ終わらせるよ」
ミレイの槍が一瞬の隙を突くように突き出され、敵の肩を抉る。その直後、リヴィアが素早く動き、深々と剣を突き込んだ。
戦場に沈黙が訪れる。
リヴィアは息を整えながら、ふとミレイを見つめる。
「……ミレイ、さっきの動き……」
「ん? 何か変だった?」
ミレイは肩をすくめ、いつも通りの無邪気な表情を見せる。
リヴィアは少し間を置いてから、静かに首を振った。
「……いいえ、なんでもないわ」
そう言いながらも、彼女の瞳には疑問の色が浮かんでいた。
戦いは、まだ終わらない。




