第九章 〜逃亡の末に〜 1
翌朝、森の中に静かに朝日が差し込んだ。木々の隙間から差し込む陽光が露に濡れた葉を輝かせ、微かな風が草木を揺らしている。鳥のさえずりが響く中、焚き火の残り火が消えかけていた。
ミレイは靴の先で灰を崩しながら、軽く伸びをする。
「さて、そろそろ行こうか」
リヴィアも装備を整えながら頷いた。
「予定通り、北を目指すのね」
ミレイは地図を広げ、進行方向を確認する。指先が紙の上を滑り、北の方角を指し示した。
「北ってこっちだよね、あっちの方は戦争地帯って聞いたけど……リヴィアは何か目的があるの?」
リヴィアは迷いのない表情で頷いた。
「魔王軍を追うわ。あいつらがどこで何をしているのか、もっとはっきりさせる必要があるの。そして……ガブリエルを見つける」
ミレイはリヴィアの険しい表情を見て、軽く息をついた。
「そっか、リヴィアにとっては因縁の相手だもんね」
「因縁なんて生易しいものじゃないわ。あいつは、私の国を滅ぼした男よ。生きている限り、私はあいつを追い続ける」
リヴィアの手が無意識に拳を握る。爪が食い込みそうなほどの力がこもっていた。
「ガブリエルは、ただの騎士じゃない。ただの戦士でもない。あの男は魔王軍の中でも異質な存在よ。あいつを止められなければ、人間側に未来はない」
ミレイは彼女の横顔を見つめながら、槍を軽く肩に担いだ。
「……なるほどね」
「あなたは?」
リヴィアがミレイに視線を向ける。
ミレイは少し考えた後、口を開いた。
「黒い者を探したいな」
リヴィアの表情がわずかに変わった。
「……黒い者?」
「うん。黒くて、人間じゃなくて、槍を通してもまるで手応えがない。普通の武器じゃ倒せない奴ら。呪詛生命体って呼び方もするみたい」
リヴィアは目を伏せ、しばらく考えていたが、やがて静かに息をついた。
「それ……ノルディスで極秘に研究されていたものよ」
ミレイは眉をひそめた。
「……え?」
リヴィアは少し迷うように視線を逸らしたが、やがて決意したように続けた。
「詳しいことは覚えていないわ。でも、あの国に"呪詛の研究"があったのは確かよ」
ミレイは無言でリヴィアを見つめた。
「それなら、ノルディスの跡地に行くのも悪くないかな」
リヴィアの表情が一瞬曇る。彼女の視線は遠くを彷徨い、微かに唇を噛んだ。
「……行くのは、簡単なことじゃないわ」
「怖いの?」
ミレイの問いかけに、リヴィアはふっと息をついた。
「違う……ただ、あそこには私のすべてがあった。思い出したくないことも、置き去りにしたものも……それに、何も残っていないかもしれない」
ミレイは少し黙り、槍の柄を握る。
「それでも、何かがあるかもしれないんでしょ?」
リヴィアは静かに頷いた。
「……そうね」
二人は荷物を背負い、森の奥へと足を踏み出した。冷たい朝の空気が、これから始まる新たな戦いの予感を運んでいた。
◇◇◇
旅の序盤から、二人は休まる暇がなかった。
昼を迎える前に、最初の戦闘が訪れる。
森の奥深く、湿った土の匂いが漂う中、背後から忍び寄る気配にミレイが槍を構えた。木々の間から、獣じみた唸り声が響く。
「魔物ね……」
リヴィアが剣を抜き、鋭い視線を向ける。視界の先に、草陰から這い出す影が複数あった。
「囲まれたね」
ミレイが冷静に状況を確認する。狼型の魔物、目の色が異様に赤く光り、通常の魔物よりも動きが洗練されている。
「片付けるよ」
ミレイは地を蹴り、最初に飛びかかってきた一体を槍で捉えた。鋭い突きが獣の喉を貫き、黒い血が飛び散る。だが、魔物は即死せずにのたうち回る。喉を貫かれながらも、その爪がしがみつくようにミレイの腕を狙った。
「しぶといね」
ミレイが槍をひねると、魔物の動きが一瞬鈍った。まるで抵抗をためらうように、もがく手が宙を泳ぐ。その隙を逃さず、リヴィアが横薙ぎに剣を振るう。
「次!」
リヴィアの声に反応し、ミレイがすでに次の動きに移っている。槍を回しながら、近寄る個体の進行方向を誘導する。リヴィアはその流れを読み、一歩踏み込んで獣の急所を正確に切り裂いた。
戦闘は流れるように続く。
槍が当たった瞬間、魔物が怯むのをリヴィアは見逃さなかった。
「ミレイ、今の……」
リヴィアが目を細める。
「槍が何かしてる?」
ミレイは魔物の首元を突き、柄の部分を深く押し付けた瞬間、獣の瞳がわずかに揺らぐ。恐れや迷いのようなものが、一瞬だけ見えた。
「……精神に影響を与えてる?」
ミレイはすでにそれを戦術に組み込み、攻撃のタイミングを合わせていた。
「そういうこと。だからリヴィアも合わせてね」
「了解」
二人は互いの動きを把握し、リズムを合わせながら次の敵へ向かっていった。




