第二章 〜異世界転移 - 極限サバイバルの幕開け〜 5
槍を構え、ゆっくりと森を進む。鳥のさえずり、水のせせらぎ、風に揺れる葉の音——自然の息吹がすぐそこにある。足元には落ち葉が敷き詰められ、歩くたびにわずかに音を立てる。慎重に、一歩ずつ。
水場の近くなら、小動物が集まる可能性が高い。そして——視界の先に、微かな動き。小さな生き物が、水辺に降り立つのが見えた。
「……いた。」
ウサギに似た生物。だが、耳が長く、毛並みは青みがかっている。ミレイは息を潜め、槍を構えた。
「試すしかない……何か、小さな獲物を。」
心臓の鼓動が速まる。逃げられれば、次の機会はいつになるかわからない。ループ経験から、「動きを読む」ことは得意。だが、いざ攻撃しようとすると——
「……躊躇う。」
狼との戦いとは違う。あの時は、死に直面し、本能で動くしかなかった。しかし、今は違う。自らの意思で、"命を奪う"という行為を選ばなければならない。
風がそっと葉を揺らし、獲物の耳がわずかに動く。気づかれたか? いや、まだだ。だが、その一瞬が、ミレイの体を固まらせた。狩ることは、"生きる"ために必要なことだ。しかし、それは、確かに"奪う"ということでもある。
「今まで戦うことなんてなかった。本当に、私にできるのか?」
指がわずかにこわばり、喉が乾く。しかし、恐怖はない。迷いはあれど、冷静でいられる。精神耐性が、本能の暴走を抑え込んでいる。
「……いや、できる。生きるために。」
呼吸を整え、迷いを振り払う。槍の先が、わずかに獲物へと向けられる。その瞬間——。
生存本能が導いた新たな感覚が生まれた。
視界が変わる。獲物のわずかな動き——筋肉の収縮、耳の動き、次の行動の予兆。すべてが、まるでパズルのピースがはまるように理解できる。生き抜くために、脳が、神経が、戦闘へと適応しようとしていた。
ミレイは、静かに槍を突き出した——。
空気を裂く鋭い一閃。だが、狙いは甘かった。槍の先がかすめ、ウサギのような生き物が飛び跳ねる。同時に、ミレイの心臓が跳ねた。
「——しまっ……!」
獲物は一瞬の隙を突き、森の奥へと逃げようとする。足が動く。考える前に、体が反応していた。槍を振るう。枝が折れ、葉が舞う。そして——。
刃先が、獲物の足を捉えた。
短い悲鳴。もがく小さな身体。それを見た瞬間、ミレイの胸の奥に、鈍い感覚が広がった。
勝った。だが、それは"達成感"ではなく、"現実"だった。自分は、今——命を奪おうとしている。
ミレイは、ゆっくりと槍を振り上げる。迷うな。生きるために——。槍が、振り下ろされた。
手に伝わる感触。肉が裂け、骨に当たる鈍い衝撃。獲物の体が痙攣し、血が土に染み込む。森の音が、一瞬だけ消えたように感じられた。
槍を引き抜く。獲物は動かない。
「……殺した、のか。」
ミレイは息を吐き、膝をついた。達成感はない。ただ、静かな疲労が心を満たしていく。
しかし——これで終わりではない。
「……処理しなきゃ。」
道具はない。狼の骨を削って作ったナイフを取り出し、慎重に獲物の毛を剥ぐ。血の匂いが強くなり、手がじわりと冷えていく。それでも、指を止めることはしない。これが生きるということなら、受け入れるしかない。
内臓を取り出し、食べられない部分を分ける。肉は少ないが、今のミレイにとっては十分な食糧だった。
「……火を起こさないと。」
そう呟いた瞬間、ふと別の考えがよぎる。石を打ち付ける必要が本当にあるのか——?
彼女には火魔法がある。
まだ未熟な魔法。出力調整が難しく、意図しない力が暴発する可能性もある。それでも、試す価値はある。生きるために。
ミレイはそっと手を前にかざし、指先に意識を集中させた。
「……燃えろ。」
わずかに魔力の流れを感じた。温かさが指先に宿り、微かな光が灯る。そして次の瞬間——。
ボッという音と共に、枯れ草が一気に燃え上がった。
「っ……!」
予想以上の勢いに思わずのけぞる。火の粉が舞い、小さな炎が枯れ枝へと燃え移る。制御できていない。だが、それでも——
「……ついた。」
火をつけることには成功した。
小さな火を囲み、獲物の肉を炙る。脂が焼ける香ばしい匂いが鼻をくすぐる。久しく感じなかった、「食事の香り」だった。
焼けた肉を口に運ぶ。味付けはないが、噛むたびに広がる滋味が、全身にしみわたるようだった。
「……生きてる。」
ミレイは、ただ静かに、肉を噛みしめた。
生きるための力。その一歩を確かに踏み出した。
スキル獲得:
戦闘直感 [D] Lv.2
- 戦闘時、最適な攻撃タイミングが本能的にわかる。
- 動きの癖、間合いの計算が早くなる。
- ただし、身体能力が追いついていないため、実戦ではミスが出る。