第八章 〜ノルディスの亡霊〜 16
戦闘が終わり、ミレイとリヴィアは倒れた敵を一瞥し、足早にその場を離れた。
「……ギルドに戻る?」
ミレイが槍を肩に担ぎながら呟く。
「少し様子を見たほうがいいわね」
リヴィアの視線は冷静に町の通りを流れていた。先ほどの戦闘の音を聞きつけたのか、住民たちの視線がちらほら向けられている。
「目立ちすぎたか……」
ミレイはわずかに息を吐く。だが、それよりも気になるのは、明らかにこちらを監視するような視線だった。
「どうする?」
リヴィアが静かに問う。その瞬間、さらに一人の男が近づいてきた。
「……待っていたよ、お二人さん」
黒いローブを纏った男が、通りの端で立ち止まり、ゆっくりと二人を見据える。
「ずいぶんと派手に動いたな。『ノルディスの亡霊』について話をしたい」
その言葉に、リヴィアは瞬時に警戒する。
「どこの人間?」
「俺たちにとっては、お前たちのほうが『どこの人間か』だろう?」
男は冷笑しながら、足を一歩踏み出す。
「……まあ、俺は使者にすぎない。ただし、お前たちがここに長居するのは賢い選択とは言えないぞ」
「脅しのつもり?」
ミレイが淡々と問い返す。
「いいや、警告だ」
男は肩をすくめた。
「この町には、お前たちを狙う者がまだいる。俺たちは敵ではないが、助け舟を出せるとも限らない……どうする?」
リヴィアは無言で男を睨む。ミレイは軽く槍を回しながら、一瞬だけリヴィアを見る。
「……で、その話って、どこで聞けるの?」
男は満足そうに微笑んだ。
「すぐ近くの宿で。もっとも……その前に、また追手がくるかもしれないがな」
二人は互いに目を合わせ、静かに頷いた。
新たな局面が、すぐそこまで迫っていた。
宿へ向かう途中、ミレイは周囲の様子を注意深く観察した。町の空気は明らかに変わりつつある。ギルド周辺には見慣れぬ冒険者たちが増え、通りの人々もどこかよそよそしい。
「……私たちのこと、すでに噂になっているみたいね」
リヴィアが小声で呟く。
「そうだね。もう普通には動けないかも」
ミレイは肩をすくめながらも、冷静に状況を分析していた。
(このまま町を出れば、追手は確実に来る。なら、どう動かすか……)
今すぐに逃げるのは得策ではない。町の勢力がどう動くのか、情報を整理する必要がある。
宿の一室に通されると、男は椅子に腰掛け、ゆっくりと二人を見渡した。
「さて、さっそくだが、お前たちはこの町をどうするつもりだ?」
「こっちが聞きたい」
ミレイが槍を壁に立てかけながら答える。
「こっちが動くより前に、あんたの話を聞かせて」
男は薄く笑い、懐から紙の束を取り出した。そこには「ノルディスの亡霊」と書かれた情報が並んでいた。
「ここに書かれているのは、お前たちの動向を探る者たちの記録だ。リヴィア、お前が狙われる理由は理解しているな?」
リヴィアは無言のまま、紙を手に取る。
「王族の生存者、亡霊であるお前を、王国再興派は利用したいと考えている。一方で、お前を危険視する勢力もいる。おそらく、この町には両方の勢力が入り込んでいるはずだ」
ミレイが紙を覗き込みながら、眉をひそめた。
「つまり、どちらにしろ、この町に長くはいられないってこと?」
「その通りだ。そして……お前たちを消すことで利益を得る者たちがいる」
男は低く言った。
「奴らが動き出せば、町全体が戦場になるぞ」
沈黙が落ちる。
「……じゃあ、選択肢は限られるわね」
リヴィアが静かに言った。
「私たちが町を出ることで、この問題を沈静化させるか。それとも、奴らを一掃してから出るか」
ミレイは軽く頷く。
「どっちにしろ、準備は必要だね」
男は肩をすくめた。
「どうするか決めたら教えてくれ。俺は中立の立場だ。だが、敵の動きくらいは把握できるかもしれない」
ミレイとリヴィアは互いに視線を交わした。戦闘が激化する前に、できるだけ有利な形でこの町を抜け出すのが理想的だ。
問題は、そのタイミングをどう見極めるかだった。




