第八章 〜ノルディスの亡霊〜 14
町の入口が見えてきた。朝の光を受けて、石造りの城壁がどっしりとそびえ立っている。
「……思ったより、人が多いわね」
リヴィアが遠目に町の様子をうかがいながら呟く。門の前には荷馬車や旅人が列を作り、門番たちが出入りを監視している。
「まぁ、それなりに大きな町だからね」
ミレイは人波を眺めながら、門の様子を確認する。
「問題なく入れそう?」
「今のところ検問はなさそう。でも、目立たないようにしたほうがいいね」
ミレイはそう言いながら、フードを深く被る。リヴィアもそれにならい、できるだけ人混みに紛れるように歩き出した。
「まずは、討伐の報告ね」
「そうね。そのあと、私は……」
リヴィアが言いかけたとき、門番の一人と目が合った。
瞬間、リヴィアの足が一瞬だけ止まる。
「……?」
ミレイは違和感を察し、彼女の視線を追った。
「どうしたの?」
リヴィアはほんの一瞬、逡巡した後、小さく首を横に振った。
「……大したことじゃないわ。とにかく、気を抜かないようにしましょう」
ミレイは少し間を置き、軽く肩をすくめる。
「気になることがあるなら、無理に隠さなくてもいいよ?」
「……本当に大したことじゃないのよ」
「そっか。でも、何かあったらちゃんと言ってね」
ミレイはそれ以上追及せず、フードを深くかぶり直す。
「気を抜かないように、ね。そっちも頼むよ」
「もちろん」
二人は足を速め、町の中へと入っていった。
◇◇◇
ギルドの扉を押し開けると、いつも以上に活気のある声が響いた。
「最近、魔物の出現率が上がってるって話、本当か?」
「討伐依頼が増えてるのは確かだな。Aランク以上じゃないと無理な案件も多いみたいだ」
ざわつくギルド内を見渡しながら、ミレイはカウンターへ向かう。
「討伐の報告。証拠はこれ」
淡々とした口調で、魔物の核を取り出す。受付嬢はそれを確認しながら、驚いたように目を見開いた。
「……すごいですね。依頼達成の速さもですが、この個体……本当にあなたが倒したんですか?」
「そうだけど?」
その言葉に、周囲の冒険者たちがざわつく。
「まじかよ、あの魔物を単独で?」
「隣のやつ、誰だ?」
視線がリヴィアに向かう。彼女はフードを深くかぶり、目立たないようにしていたが、注目が集まるのを感じていた。
受付嬢は少しの間、何かを考えるように視線を落とした後、書類をめくる。
「……今回の依頼は、特に危険度の高い案件でした。これまでの実績と、ギルドの評価を加味して、ミレイさんのランクをAに昇格させることになりました」
その瞬間、ギルド内がさらにざわめいた。
「おいおい、本当にAランク昇格か?」 「槍姫の噂、これで確定だな……」
ミレイは肩をすくめながら、軽く息をつく。
「別に、ランクのためにやったわけじゃないけどね」
「それでも、あなたの実力が評価された結果ですよ。おめでとうございます」
受付嬢が微笑みながら証書を渡す。
「……ありがとう」
「それと、今回の依頼の報酬ですが——」
受付嬢が懐から袋を取り出し、カウンターに置く。
「千ゴールドになります」
周囲が再びざわついた。
「千ゴールドって……この辺の依頼じゃ破格だな」「釣り上がってたもんな」「まあ、それだけ危険だったってことだろ」
ミレイは袋を受け取り、中身を軽く確認してから、無造作に腰のポーチへと収めた。
「助かる。でも、この額が出るってことは、それだけ厄介な案件だったってことだよね」
受付嬢は小さく頷いた。
「ええ。実は、最近になって魔物の動きが不穏だという報告が相次いでいます。ギルドも対策を進めていますが……」
ミレイはちらりとリヴィアを見る。彼女は無言でギルドの片隅を注意深く見ていた。
ミレイはあまり感慨はなさそうにそれを受け取るが、リヴィアは静かに様子を見守っていた。
だが、その陰で、ギルドの片隅からこちらをじっと見ている者がいた。
リヴィアはその視線を感じ、わずかに表情を引き締める。
「……ここも安全じゃなさそうね」
彼女は誰にも聞こえないよう、小さくそう呟いた。
◇◇◇
ギルドを出ると、町の雰囲気が微妙に変わっていることに気づく。
通りを行き交う人々の中に、ちらちらとこちらを気にする視線がある。
「……目立ちすぎたかもね」
ミレイは苦笑しながら呟く。Aランク昇格の話がすぐに広まったのだろう。
「それだけじゃない……」
リヴィアは低く答える。
「さっきから、明らかに監視の目が増えてる」
二人は並んで歩きながら、視線を気にしつつ進む。リヴィアの警戒心はさらに高まっていた。
突然、細い路地から一人の男が現れた。
「お二人さん、少し話がしたいんだが……」
男は笑みを浮かべながら、手を軽く上げる。だが、その背後には数人の影が控えていた。
ミレイとリヴィアは、無言のまま足を止める。
「厄介ごとが増えそうだね」
ミレイは軽く槍を持ち直しながら、ぼそりと呟いた。




