第八章 〜ノルディスの亡霊〜 13
不意に風の流れが変わった。
微かな違和感に、リヴィアは即座に声を上げる。
「伏せて!」
ミレイは身を沈めると同時に、鋭い矢が二人の頭上をかすめた。
「囲まれてる……!」
リヴィアは周囲を見回す。木々の陰から、漆黒の装束を纏う追手たちが現れる。うち一人は弓を再び番え、狙いをつけようとしていた。
「やっぱり来たわね」
リヴィアは剣を素早く抜く。慎重な彼女だが、こうなれば戦うしかないと心得ている。
「前の連中の仲間、かな……」
ミレイが短く呟くやいなや、槍を勢いよく振り下ろし、地面を叩く。砂煙が上がり、弓兵の視界を奪うには十分だった。
「今のうちに……!」
リヴィアは一気に間合いを詰め、剣を走らせる。だが、別の追手が横合いから割って入った。
「リヴィア、右!」
ミレイの声に、リヴィアは即座に体勢を切り替える。敵の剣撃を受け止めると同時に、ミレイの槍が敵の足元をさらい、バランスを崩させた。ためらいなくリヴィアの剣が喉元を断つ。
「今の……狙ったわけじゃないわよね?」
リヴィアが小さく息を整えながら、ミレイに視線を向ける。二人とも打ち合わせたわけでもないのに、自然と連携が取れたことに戸惑いを覚えた。
「うん、悪くない感じ」
ミレイはにこりと笑い、再び槍を握り直す。
追手はまだ複数残っており、戦意を失う気配もない。
「一気に片付けようか」
淡々とした口調ながら、その瞳には揺るぎない決意がある。
「ええ、そうね」
リヴィアもすぐに同意し、彼女の剣が再び閃いた。
二人は呼吸を合わせ、怒涛の連携でもう一度敵陣へと突き進んでいく。
ミレイが一歩前に出ると、リヴィアはすかさずその側面へと回り込む。
槍が素早く突き出され、前方の敵がそれを弾こうとする。しかし、ミレイの攻撃の意図はそこではない。槍の動きに引っ張られた敵の体勢がわずかに崩れたその瞬間、リヴィアが滑るように間合いを詰める。
「っ……!」
敵の驚愕の声が漏れる間もなく、リヴィアの剣が急所を貫いた。
「いい合わせ方じゃない?」
「そっちがうまく乗ってくれたからね」
軽い言葉を交わしながらも、二人の動きは止まらない。
ミレイが前線で槍を振るい、敵の攻撃を引き受ける。その隙にリヴィアが低い姿勢で駆け抜け、相手の懐に潜り込んで仕留める。あるいは、リヴィアがわずかに後ろに下がり、敵の動きを誘導したところへ、ミレイの雷を纏った槍が突き込まれる。
互いに事前の打ち合わせなどない。それでも、攻撃の軌道を読み、次の動きを即座に察知し、瞬時に対応する。
「……やっぱり、悪くないね」
ミレイが呟き、リヴィアも短く息を吐いた。
残る追手はあと一人。彼は怯えたように後ずさりし、こちらを警戒している。
「どうする?」
リヴィアが尋ねる。
ミレイは槍を軽く回しながら、追手を見据える。
「降伏するなら、それでもいいよ」
しかし、敵は逃げる選択を取ることなく、最後の抵抗を試みるように剣を構えた。
「……仕方ないね」
ミレイがわずかに槍を低く構えた瞬間、リヴィアが鋭く踏み込む。
敵がそれに反応し、剣を振り上げた刹那——ミレイの槍が横から叩き込み、剣の軌道を逸らす。
「……っ!」
バランスを崩した敵に対し、リヴィアの剣が寸分の狂いもなく振り下ろされた。
刃が閃き、最後の追手が倒れる。
しばしの沈黙。
「終わったね」
ミレイが槍を肩に担ぎ、軽く息をつく。
リヴィアは剣を払いながら、一歩後ろへ下がった。
「ええ。でも、これで終わりとは思えないわ」
「まぁ、そうだろうね」
ミレイは静かに周囲を見渡した。朝の静けさの中、ようやく戦闘の熱が冷めていく。
「……行こっか。ここでゆっくりしてる時間もないし」
「そうね」




