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第八章 〜ノルディスの亡霊〜 10

 静かな食事の時間が続く。薪がはぜる音だけが、夜の闇に響いていた。


 「……久しぶりね、こうして落ち着いて食べるのは」


 リヴィアがぽつりと呟く。その声には、どこか懐かしさと苦さが滲んでいた。


 ミレイは干し肉を噛みながら、ちらりと彼女を見やる。


 「そんなに長いこと逃げ回ってたの?」


 リヴィアはゆっくりと頷く。


 「……気づいたらずっと、そうだったわね。国を出てから、まともに腰を落ち着けたことなんてなかった」


 ミレイは「ふうん」と短く返す。それ以上の詮索はしない。ただ、続きがあるなら聞こうとする態度だけは示していた。


 リヴィアは一度小さく息をつき、焚き火の揺らめく炎を見つめた。


 「私はノルディス王国の王女だった」


 ミレイの手が一瞬止まる。だが、驚いた顔は見せなかった。


 「……だった?」


 「ええ。今はただの逃亡者よ。王国は、魔王軍に滅ぼされたもの」


 ミレイの動きが止まった。


 魔王——。


 神に倒せと言われた、その名。


 言葉だけが、静かに夜の闇に落ちる。だが、その響きは妙に重く、焚き火の熱が急に遠ざかった気がした。


 「……魔王、ね」


 ミレイは小さく呟く。だが、リヴィアはそれには気づかず、ただ淡々と続ける。


 「国が滅んでから、私はただ逃げ続けた。王族として、何かを守ることも、戦うこともできず……ただ、生き延びるために」


 リヴィアの手が軽く握りしめられる。


 「でも、それで気づいたの。……私は、まだ生きてる。生きているなら、やるべきことがある」


 「ガブリエルを討つこと、か」


 リヴィアは焚き火を見つめたまま、小さく頷いた。


 ミレイは無言で干し肉を噛みながら、彼女の言葉を噛み締めるように聞いていた。


 「……悪いけど、私はあなたに何も頼むつもりはないわ。ただ……魔王軍は、ガブリエルは必ず討つ」


 リヴィアの声には、確かな決意がこもっていた。


 ミレイは干し肉を飲み込み、少し間を置いてから口を開く。


 「で、どうするの?」


 リヴィアが焚き火から視線を外し、ミレイを見た。


 「……どうするって?」


 「ガブリエルを討つって言うけど、どうやって? 一人で突っ込むの?」


 ミレイの問いに、リヴィアは唇を引き結ぶ。即答できないということは、具体的な策がまだ固まっていないのだろう。


 「……情報を集めるつもりよ」


 「それはどこで?」


 「……まだ決めてないわ。でも、魔王軍の動きは追っている。奴の所在を掴む手がかりがあれば、それを追うつもり」


 ミレイは少し考えながら、火に薪をくべた。


 「ま、無計画じゃないみたいだけど……追手に狙われてるってことは、目立つ行動をしてるってことだよね」


 リヴィアは眉をひそめる。


 「……否定はしないわ」


 「そういう状況なら、少しは慎重になったほうがいいんじゃない?」


 ミレイは特に感情を込めることなく言った。それは単なる事実としての指摘だった。


 リヴィアはしばらく考えたあと、小さく息をついた。


 「あなたはどうするの?」


 「私は私のやることがあるよ。でも……」


 ミレイは干し肉を最後にひとかじりし、飲み込んでから続ける。


 「とりあえず今日はここで休んでもいいんじゃない? 追手がまだ動いてるかもしれないし、無理に移動するとまた面倒なことになる」


 リヴィアは少し考えた後、静かに頷いた。


 「……わかった」


 焚き火の炎が、揺れる影を作り出す。

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