第八章 〜ノルディスの亡霊〜 8
討伐対象——それは通常の魔獣とは比較にならない威圧感を放つ異形の存在だった。四肢は岩のように分厚い。
ミレイは遠巻きに相手を観察した。荒い息と共に震える地面の感触から、この魔獣が相当の怪力を持つことを悟る。森の湿った空気に混ざる金属のような匂いが緊張感を煽る中、彼女はそっと気配を抑えながら距離を詰めた。
「ずいぶん硬そう……でも、あの体格なら動きのキレはそこまで速くないはず。」
深く息を吐いて覚悟を決める。力任せの一撃をまともに食らえばひとたまりもない。だが、力の方向さえ逸らせば隙は生まれるはずだ。体を斜めに構えて足裏の感覚を研ぎ澄ます。
獣の目がこちらを睨みつけた。次の瞬間、盛大な咆哮と共に肉厚の前脚を振りかぶって突撃してくる。ミレイは瞬時に体を沈めて足を踏み出し、わずかに軌道を外してその攻撃をいなした。鋭い爪が彼女の頬をかすめ、細い傷が走る。血の匂いに獣の興奮が増すのを感じた。
「焦らない……大丈夫。」
一撃離脱を繰り返しながら、ミレイは槍を巧みに使い、敵の進行方向を誘導する。あえて正面で受けず、受け流すように体を回転させ、隙を探る。
カウンターを入れるたびに、獣はうめき声を上げるが、すぐに体勢を立て直して襲いかかってくる。
「硬い……普通の金属じゃ貫けないな。」
そこでミレイは灰槍——精神を蝕む効果を持つ特別製の武器を握り直した。
獣が再度咆哮を上げるのを合図に、ミレイは地面を蹴って跳んだ。高度をとり、相手の視線を上へ誘導する。空中から槍を突き下ろそうとする動きを見せた瞬間、槍先に火の力を注ぎ、真下に炎を噴出させた。
「……今ッ!」
目くらましにもなる火柱を起こしつつ、ミレイはすばやく横へと死角へ移動。獣が一瞬だけ視界を奪われている隙に、彼女は槍に雷の力を纏わせた。激しい稲妻が集中して迸る。
獣は野生の勘でこちらの動きを感じ取り、体を捻って迎撃してきた。巨体が方向転換したせいで木々がなぎ倒され、破片が飛び散る。ミレイは破片を飛び越えながら踏み込もうとした瞬間、獣が爪を振り下ろしてきた。
咄嗟に体を回して衝撃を逸らす。爪先が肩をかすめ、痛みが走った。彼女はさらに踏み込み、灰槍を突き出した。
バチリ——と重い衝撃が伝わる。獣が短く呻き声を上げ、動きが鈍った。精神を揺さぶる槍の効果だ。
「今なら……っ!」
身体が勝手に動く。流れるような足運びと槍捌きで、敵の横腹に回り込むように距離を詰めた。
獣が咆哮を上げようとするが、灰槍の力で精神が乱され、声にならない呻きに終わる。ミレイは雷を帯びた槍をしならせるように構え、勢いをつけて突き込んだ。
「——穿つ!」
放電の閃光が敵の甲殻を砕き、内部を焼き尽くす。激しい轟音とともに獣の巨体が仰け反り、地面に倒れ込んだ。振動で辺りの木々から葉が散る。
息を切らしながら、ミレイは槍を引き抜く。血と焦げた臭いが鼻を突いたが、構っている余裕はない。意識を集中させた反動で、手足がやけに重く感じる。
「討伐……完了、かな。」
彼女は小さく息を整え、周囲の安全を確認した。崩れ落ちた魔獣から視線を外し、森の静寂を確かめる。もう追加の敵はいないようだ。
灰槍を担いだミレイの姿が風に揺れる。
「灰色の、槍姫......」
誰かがそう呟いた。




