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第八章 〜ノルディスの亡霊〜 6

 追手たちの一斉突撃。音もなく地面を蹴った複数の人影が、ミレイと女性の周囲を包囲するように散開する。冷たい夜風が木々を揺らし、枯葉がざわめく中、ミレイは槍を低く構えたまま静かに呼吸を整えた。


 「……数は多いけど」


 そんなに強くない。


 そう考えた瞬間、最初の一撃が飛び込んでくる。背の低い男が横薙ぎに剣を振るう。狙いはミレイの腰回り。しかし、槍の柄をわずかに持ち上げ剣の軌道を逸らしたため剣先が空を切る。次の瞬間、ミレイの回し蹴りが男の肩を打ち、彼を木へ吹き飛ばした。


 それを合図に、残りの追手たちが一斉に襲いかかる。二人が正面から剣を構え、もう一人が背後を回り込もうとする。けれど、ミレイの視界はそのすべてを映し取っていた。


 「そっち……甘いよ」


 僅かに身体を沈め、右足を軸にしてくるりと回転。後ろに回り込む男の胸元めがけ、槍を突き出す。突きに気づいた男が慌てて体をひねるものの、槍の穂先が肩口を深々と貫いた。鮮血が暗闇を染め、苦悶の叫びが夜に溶けていく。


 焦った二人の追手が正面から剣を振り下ろしてくる。ミレイは鋭い踏み込みで一歩前に出て、片方の剣を柄の部分で受け流す。続けて脇から迫るもう一本の剣を軽く身を捻ってかわし、その瞬間、横なぎに槍を振るった。


 「……やっ!」


 小さな掛け声とともに、槍の柄が剣士の脇腹を強打し、息を詰まらせた彼が膝をつく。ミレイは迷わず槍を引き、逆方向に回転しながら、もう一人の剣士の喉元へ突き込む。


剣士は血泡を噴きながら、そのまま地面に崩れ落ちていく。


 刹那、背後で微かな殺気を感じる。視線を向ける暇もなく、ミレイは直感で身体を沈めた。闇の中から飛んできた短剣が空を切り、岩肌に突き立って甲高い音を響かせる。


投擲した男が悔しそうに舌打ちをし、再度間合いを詰めようと駆け寄ってきた。


 「……そこっ!」


 槍の柄を軸にわずかに踏み込み、下半身の筋肉を弾かせるようにして上へ突き上げる。鋭く突き出された槍が男の肩を捉え、血の匂いとともに短い悲鳴が上がった。


男は槍に貫かれたまま、苦痛に歪む顔をさらす。


 「もう……終わり?」


 ミレイは不意に槍を引き抜き、男の手首を蹴り上げる。無造作に転がり落ちる短剣が、固い地面を転がって乾いた音を立てた。戦意を失った男は逃げ出すことも叶わず、そのまま地面に倒れ込む。


 息を整えつつ、ミレイはざっと周囲を見渡す。呻き声を上げる者、完全に沈黙した者——短時間のうちに、すべて片が付いていた。夜風が衣服の隙間を抜け、汗ばんだ肌をひやりと冷やす。胸の奥が静かに熱を持ち、鼓動のリズムが徐々に落ち着きを取り戻す。


 「……ふぅ」


 軽く呼吸を吐き、槍を構え直す。まだ動く者がいるかもしれない。警戒を解かずにひとりひとりを確認しながら、ミレイは手早く“脅威の排除”を済ませていった。


 あちこちに転がる追手たちは、声を上げる者も意識を保つ者もほとんどいない。ミレイはようやく槍を下げ、視線を先ほどの女性へと向けた。


 「これで大丈夫……っぽいよ。あなた、怪我は平気?」


 女性は荒い息のまま微かに頷く。彼女の瞳にはまだ警戒が残っているが、少なくとも“追手を退けてくれた”という事実に対して安堵している様子がうかがえた。足元には散らばる枯葉が血と泥に汚れ、冷たい月光が二人を照らしている。


 「……助かったわ」 


 女性が壁を背に座り込み、か細い声で礼を述べる。ミレイは軽く肩を上下させながら、ちらりと彼女を見下ろした。


 「とりあえず、そっちも息整えて」 


 槍を地面に突き立て、周囲を見渡す。まだ魔物の討伐が残っているのを思い出し、彼女はわずかに眉をしかめた。


 「悪いけど、私も急がないと。立てるならここを離れよう」 


 その言葉に、女性は表情を引き締め、ゆっくりと立ち上がる。血の匂いが、冷たい大気の中に溶けていった。


 ミレイは彼女の腕を軽く支え、魔物の死骸が散らばる廃墟の外れへと移動した。周囲を素早く確認してから、小さな窪みになった場所で彼女を下ろす。倒壊しかけの石壁が、吹きすさぶ冷たい風を弱めていた。


 「ここなら、少しは安全かも。……大丈夫?」


 女性は荒い息を整えながら、ゆっくりと頷く。彼女の胸元は上がり下がりを繰り返し、先ほどまでの緊張を裏づけるように小刻みに震えていた。


 「……悪いわね。助けてもらって……本当は、一人で何とかするつもりだったのに」


 短く言葉を切ったその声に、わずかな悔しさが混じる。血のにじむ肩を押さえ、深く息を吐いたあと、彼女はかすかに目を伏せる。


 「ガブリエル……。絶対、許さない」


 ひときわ強い感情がこもった言葉が漏れた瞬間、ミレイの瞳に好奇の光が宿った。だが、今は深く突っ込んでいる余裕もない。


 「……そう。じゃあ、ゆっくり休んで。私にはまだ、魔物を片付ける仕事があるから」


 女性は不思議そうに瞬きをし、口を開きかけたが、ミレイは軽く槍を持ち上げて制した。戦いの匂いを孕んだ冷たい風が、再び彼女の頬をかすめた。


 「戻ったら話を聞かせて。……それまで、死なないでよ」


 そう言い残して、ミレイはすぐに踵を返す。魔物の巣窟となった廃墟へ向かう足取りは、先ほどまでの激戦を感じさせないほど安定していた。


 槍の穂先が静かな月光を受け、銀色の輝きを帯びながら彼女の背を照らす。夜闇の中で、それはまるで道を示す灯火のように揺らめいていた。


 銀色がかった淡い金髪の女性は、遠ざかっていく背中を静かに見つめながら、唇を引き結んだ。胸に潜む復讐の炎が、わずかに燃え上がるのを感じつつ、彼女は深く息をついた。

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