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第八章 〜ノルディスの亡霊〜 5

 翌朝、ミレイは日の出とともに出発した。冷たい風が頬をかすめ、街の喧騒が遠ざかっていく。北へ向かう道は静かで、冬の訪れを感じさせる冷たい空気が辺りを満たしていた。足元の土は霜で固まり、踏みしめるたびに乾いた音を立てる。森の奥から響く鳥の鳴き声が、静寂の中で小さくこだまする。


 目的地は、ノルディス跡地の西側。


 そこには、長らく放置されていた廃墟が点在しており、魔物の巣窟と化している。今回の討伐対象も、その地を根城にしているらしい。


 「……さて、どんな奴が出てくるのか」


 独り言を呟きながら、ミレイは道を進む。森の中は湿気を帯びた冷たい空気に包まれ、落ち葉を踏むたびに微かなざわめきが生まれる。木々の隙間から漏れる陽の光が、ゆらめく影を地面に落としていた。


 やがて、森を抜け、険しい岩場に差し掛かる。岩肌には古い苔が張り付き、手で触れるとひやりと冷たかった。足元の石が不安定に揺れるたび、慎重に体勢を整えながら進んでいく。


 そして、日が傾き始めた頃——


 目的の廃墟が視界に入る。


 荒れ果てた石造りの遺跡。その一角に、黒くうごめく影が蠢いている。崩れた壁の間からはかすかな風が吹き抜け、乾いた砂埃を巻き上げていた。鉄の錆びた匂いが鼻を突く。ここでどれほどの命が消えたのか、それを物語るように、遺跡の至る所にひび割れた石碑や折れた柱が転がっている。


 ミレイは槍を構え、深く息を吐いた。


 「……やるか」


 風が静まり、戦闘の幕が上がる。


 ***


 槍を振るいながら、ミレイは素早く魔物の群れを削っていく。鋭い突きが獣の首を貫き、返す刃がもう一体の喉を切り裂いた。血飛沫が舞い、地面に染み込んでいく。肌を切るような冷気が、戦場の熱気を削ぐようだった。


 だが、その戦闘の最中——


 近くの森の奥から、誰かの荒い息遣いが聞こえた。


 ——誰かが、こちらに向かって逃げてきている。


 ミレイは魔物の攻撃を躱しながら、その気配に意識を向けた。


 そして次の瞬間——


 傷だらけの女性が、こちらへと飛び出してきた。


 ボロボロの服を纏いながらも、誇り高い瞳をしていた。その目には、恐怖ではなく、確かな意思が宿っている。長いシルバーブロンドの髪が乱れながらも、彼女の気高さを損なうことはなかった。


 「……逃げるな!追え!」


 遠くから男たちの怒声が響く。


 ミレイは僅かに目を細め、女性へと目を向ける。


 「……なるほど。面倒なことになりそうだね」


 そして、彼女の背後に迫る影を見据え、槍を構え直す。


 戦いの最中、新たな出会いが交差する。


 逃げる女性の荒い息遣いが、静かな森に響く。切れた衣服の端が風に翻り、足元の枯葉を蹴散らしながら駆けてくる。暗闇の中でも、その瞳には決して折れない意思が宿っていた。


 「……逃げるな! 追え!」


 遠くから男たちの怒声が響く。影が森の奥から次々と現れ、獲物を追い詰めるように包囲を狭めていく。


 ミレイは短く息を吐き、槍を軽く回した。これは間違いなく、ただの逃亡者と追手の関係ではない。彼女は捕まってはいけない存在——そんな気がした。


 女性は苦しげに息を整えながら、足をもつれさせることなく駆け続ける。だが、深い傷と疲労が限界に近いのは明らかだった。


 ミレイは冷静に状況を見極める。追手の装備は統一されておらず、ギルドの冒険者でも衛兵でもない。ならば、ならず者か、それとも——。


 「そこのお前、邪魔をするな!」


 追手の一人が剣を抜き、ミレイへと威嚇するように叫ぶ。


 「いや、私はただ通りがかっただけなんだけど?」


 ミレイは軽く肩をすくめながら、わざと無関心を装う。だが、槍の穂先はすでに正確な間合いを測り、いつでも突きを繰り出せるよう準備が整っていた。


 女性がミレイのすぐそばまで駆け寄り、そこで初めて足を止めた。肩で荒い息をつきながら、ちらりとミレイを見上げる。その目には、警戒と希望が入り混じっていた。


 「……助けてくれるの?」


 わずかに掠れた声。それを聞いた瞬間、ミレイは軽く息を吐いた。


 「さあね。でも、私の前を走ってきたのが運の尽きだったかもね」


 彼女の目が僅かに見開かれる。その瞬間、追手たちが動いた。


 刃が月光を反射しながら迫る。ミレイは即座に槍を構え、戦場へと足を踏み入れた。

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