第八章 〜ノルディスの亡霊〜 2
振り返ると、酒臭い息を吐きながら、粗野な男がにやりと笑っていた。その背後には、同じく酒に酔った仲間たちが数人。
「死んだって聞いてたが……お前、生きてんのかよ? へぇ、大したもんだなぁ?」
その言葉には賞賛の色はなく、ただ面白半分に絡んでいるだけの様子だった。周囲の冒険者たちは「また絡まれてるな……」とでも言いたげに、視線をそらしている。
ミレイは軽くため息をついた。
(……絡まれたくないんだけどなぁ)
「悪いけど、私、忙しいんだけど」
淡々と返すと、男はわざとらしく肩をすくめた。
「おいおい、つれねぇな。それより、その槍、なかなかのモンじゃねぇか?」
男の目がミレイの槍に向けられる。ニヤついた表情の奥に、明らかな欲が見えた。
「いい槍だなぁ? 俺が代わりに使ってやってもいいぜ?」
「……は?」
ミレイは呆れたように眉をひそめた。
「冗談でしょ? なんであんたに譲らなきゃいけないの?」
「いやいや、別にタダでくれとは言わねぇよ?」
男はにやにやと笑いながら、腰の袋を軽く揺らしてみせる。
「ほら、多少は金になる話だろ?」
その瞬間、ギルド内の空気が微かに変わった。周囲の冒険者たちの何人かが、興味深そうにこちらを見ている。
ミレイは男をじっと見つめた。
(……面倒くさいな)
「悪いけど、これは私の槍。金をいくら積まれても渡さないよ」
淡々とそう言い放つと、男の笑みが僅かに歪んだ。
「へぇ……強気だな?」
男は一歩踏み出し、ミレイの槍へと手を伸ばした。
——その瞬間。
「ぐっ……!?」
男の体が硬直した。目が見開かれ、膝が崩れる。
仲間たちが驚き、駆け寄る。
「おい、どうした!?」
「な、なんだこれ……頭が……ッ!」
男は額に汗を浮かべ、顔を歪める。まるで何かに意識を引きずり込まれるように。
——灰槍。
触れることで精神に干渉する特異な武器。
「くそっ……お前……何を……!」
男は槍から手を引き、膝をつく。周囲の冒険者たちは息を呑み、静寂が広がった。
しかし、恥をかかされたと感じたのか、男は顔を真っ赤にして立ち上がった。
「……ふざけんなッ! なんか仕掛けやがったな!」
怒りが爆発し、彼は拳を握る。
ミレイは静かに槍を構えた。
「私、何もしてないけど?」
それが余計に男を煽ったのか、彼の仲間たちも立ち上がる。
「やっちまえ! こいつ、調子乗ってんだよ!」
その言葉とともに、数人が一斉に襲いかかる。
しかし——
ミレイの槍が、まるで流れるような動きで男の腕を弾き、そのまま穂先が仲間の足元を払った。よろめいた男がバランスを崩す間に、もう一人の動きを見切り、最小限の動作でかわしながら柄の部分を顎下に突き込む。
鈍い音とともに、男が短い悲鳴を上げながら地面に転がった。
「……は?」
周囲が凍りつく。
ミレイは一歩も無駄な動きをしていない。ただ、槍の扱いが異次元だっただけだ。
「……やめといたほうがいいよ」
淡々とした声。
その一言が、何よりの威圧だった。
男の額に冷や汗が滲む。仲間たちも言葉を失い、誰も動けない。
しばらく沈黙が続いた後——
「チッ……!」
男は舌打ちし、後ずさる。
「ふん……覚えてろよ……」
そう言い残し、彼らはギルドから消えていった。
ギルド内には静寂が訪れた。
「……やば」
誰かが呟いた。
それを合図に、冒険者たちの間にどよめきが広がる。
「あの槍使い、強くね……?」
「死んだと思ってたら、なんか別次元の動きしてるんだけど……」
視線がミレイへと集中する。
(……面倒くさいなぁ)
ミレイは一つ息をつき、再びギルドを後にする。




