第七章 〜絶望の底で〜 10
この遺跡が何を隠しているのかを知るには、さらなる調査が必要だった。
ミレイは槍を握りしめ、慎重に奥へと進んだ。崩れかけた壁の隙間を抜けると、さらに広い部屋が広がっていた。湿った空気が肌を撫で、わずかに漂う鉄臭さが鼻をついた。
(……まだ何かある)
床には無数の魔法陣の痕跡が刻まれていた。かすかに残る魔力の痕跡に、胸騒ぎがする。周囲を警戒しながら進んでいると、ふと、前方の闇の奥から微かな音がした。
ザリ……ザリ……。
足音ではない。何かが這いずるような、擦れる音。
(……まさか)
ミレイの背筋に冷たい感覚が走る。次の瞬間、闇の中からそれは現れた。
黒い者——。
闇の塊のようなそれが、揺らめきながら現れる。形状は定まらず、まるで靄が絡み合うかのように、ゆっくりと蠢いている。視線を持つはずのないそれが、確かにミレイを"見た"。
(やば……ここにもいるの?)
ミレイは身を低くし、槍を構える。しかし、すぐに理解する。物理攻撃は意味がない。魔法も同様、あれには通じない。
(……けど、この槍なら?)
試す価値はある。封印された施設に残されていた、異質な武器。もしこれが、黒い者に干渉できるのなら——。
ミレイは息を詰め、一気に踏み込む。
「……ッ!」
槍の穂先が黒い者を貫いた。
その瞬間、黒い者の形が一瞬だけ波打ち、異様な音が響いた。黒く揺らぐ存在の輪郭が、わずかに崩れた。
(……効いてる?)
確かな手応え。とはいえ、それだけで倒せるわけではない。黒い者は再び蠢き、ミレイを飲み込もうとする。
(……! やっぱり、一撃で消せるわけじゃないか)
ミレイはすぐに間合いを取り、槍を構え直す。しかし、その時——
黒い者の動きが突然、止まった。
まるで何かを恐れるかのように、僅かに後退する。
(……こいつが、退いた?)
これまでの黒い者とは違う反応。通常ならば、黒い者はただ迫り、接触したものを消し去るだけの存在。しかし、今の一撃を受けた後、確実に"後ずさった"。
(この槍……やっぱり、普通の武器じゃない)
ミレイは槍を握る手に力を込めた。黒い者に対抗できる可能性があるなら、それはこの遺跡に残されていた理由にも繋がる。
黒い者は完全に消えたわけではないが、明らかにミレイを警戒しているようだった。
その隙にミレイは素早く周囲を見回した。黒い者がいるということは、この空間のどこかに魔法陣があるはず。
(どこ……どこにある?)
床や壁に目を走らせながら、黒い者との間合いを取りつつ、気配を探る。微かに魔力の流れが感じられる——その方向に向かって足を動かした。
そして、壁の隅に、かすかに輝く魔法陣を見つけた。
(あれか……!)
黒い者は、ミレイの動きを察知してか、再び迫ってくる。
「邪魔」
槍を振るい、もう一度突き刺す。黒い者は激しく揺らぎ、異様な音を発しながら動きを鈍らせた。
その隙に、ミレイは魔法陣に向かって走る。手をかざし、魔力干渉を試みる。じわりと魔法陣が歪み、軋むような音が響いた。
「……あと少し……!」
魔法陣が崩れかけると同時に、黒い者が苦しむように蠢き始めた。
最後の一押し——。
ミレイは槍を振り上げ、魔法陣の中心に突き立てた。
バキッ——!
砕けるような音と共に、魔法陣が崩壊し、黒い者は霧散するように消えていった。
静寂が訪れる。
(……終わった?)
槍を見つめながら、息を整える。
(この槍の力、もっと知る必要がありそう)
ミレイは槍を慎重に握り直し、さらに奥へと進んだ。先ほどの戦いで実感したこの武器の異質な力——黒い者に干渉できるという事実は、ここに残された理由と深く関係しているはずだ。
崩れた壁を抜けた先に、小さな実験室のような空間が広がっていた。金属製の棚には封印されたままの書物や瓶が散乱しており、壁には複雑な魔法陣が描かれている。中央には、古びた机。その上に置かれたのは、一冊の分厚い手記だった。
(……これって、何かの記録?)
ミレイは慎重に手記を開く。埃を払い、かすれた文字を目で追う。
『封印指定武装・灰槍(コードネーム:エクリプス)。精神干渉効果を持つ武器の試作過程において、唯一実戦投入が検討された槍型兵装。対象の精神領域へ直接影響を及ぼすことを目的とし、呪詛生命体への対抗手段として設計された。』
(……槍専用の記録?)




