第七章 〜絶望の底で〜 9
足元に転がる古びた箱。錆びついた棚に並ぶ瓶の数々。室内に漂う異様な空気は、長年閉ざされていた場所特有の重さを持っていた。
(……ここは?)
壁際に目を向けると、破れた羊皮紙や崩れかけた本が散らばっている。埃を払いながら、ミレイは慎重に一枚を拾い上げた。
『……第七試験体、長期観察の結果、意識の完全消失を確認。……物理・魔法ともに影響を与えられず、攻撃を加えても損傷なし……』
不吉な単語が並ぶ文書。その横には、奇妙な魔法陣の設計図のようなものが描かれていた。
さらに読み進めると、より詳細な記録が目に入った。
『……被験体は肉体の炭化とともに、存在そのものが“概念化”しつつある。視覚・聴覚の喪失後も、対象の接近を感知し続けることが確認されている。』
『……知性の保持には失敗。命令系統が機能せず、独立した行動を行う兆候なし。しかし、精神への干渉が確認されており、被験体と接触した対象の消失、または転移の痕跡が記録されている。』
その隣には、「被験体」とされる存在の特徴が詳細に記されていた。
『……外見は全身が黒く炭化したかのような不定形。一定の形状を維持するが、影のように揺らぎ、質量が安定しない。……接触した生命体は、肉体を維持できず、不可逆的な消失が確認されている。……生存者なし。』
(……黒い者、やっぱり)
ミレイがそう呼んでいたものが、まさにここで作られていたものだと確信する。だが、なぜここが封印されたのか。文書の最後に、その答えが書かれていた。
『……試験施設の完全封鎖を決定。理由は、対象の処理困難および、外部への情報遮断の必要性による。……対象が「意図的な攻撃行動」を持たないため、殲滅は非現実的。……接触による消失事例が増加し、観測不能となった個体も存在。……今後は管理区域として認定し、入場を禁止する。』
(……攻撃はしないけど、触れたら……消える? それとも、どこかへ?)
ミレイは文書を元の場所に戻し、奥へと視線を向けた。
壁に掛けられた装備が目に入る。槍、剣、そして軽装鎧。どれも古びてはいるが、その中に、目を引くものがいくつかあった。
一本の槍。装飾はなく、実用本位の造りだが、柄のバランスが絶妙で、手に取った瞬間に馴染むのを感じた。
(……これなら)
重さはあるが、決して扱いにくくはない。むしろ、今まで使っていたどの槍よりもしっくりくる。刃先を確認し、軽く振ってみた。その瞬間、空気を切り裂く感触が、腕に響く。
(……悪くない)
さらに隣には、黒ずんだ短剣や補強された軽装鎧が並んでいた。槍だけではなく、近接戦闘や防御の選択肢も揃っている。
それらの装備の近くには、別の文書が落ちていた。ミレイはそれを拾い上げ、目を通した。
『……本施設の研究成果を基にした、対象への干渉可能な武装の試作。……呪詛を帯びた生命体に干渉する術式を組み込み、特定条件下において“影響を与える”可能性あり。……ただし、精神への強い干渉が確認され、長時間の使用で使用者の認識に異常をもたらす危険性がある。……実験段階のため、運用には至らず。』
(……つまり、黒い者に干渉できるけど、使う側の精神も危うい?)
試作段階とはいえ、研究者たちはこの実験体に対抗する手段を模索していたらしい。
ミレイは慎重に装備を確認し、使えそうなものを手に取る。
その瞬間——。
頭の奥に、かすかなざわめきが広がった。
それは、言葉にならない不快な波のようなもの。しかし、すぐに消えていく。
違和感はあったが、思考が乱れることはなかった。
(……なんか、普通ならヤバいやつかも)
普通の人ならば、この武器を握っただけで異常をきたしてしまうのかもしれない。
(この場所で封印されていたもの……それを使うのは、何か意味があるのかも)
槍をしっかりと握りしめた。
(これで、私は戦える)
黒い者に関する研究、そしてこの場が封印されていた理由——。
この遺跡が何を隠しているのかを知るには、さらなる調査が必要だった。




