第七章 〜絶望の底で〜 8
そして、4週目が始まる。
体の痛みはほぼ消え、動きに大きな制限はなくなってきた。完全に回復したわけではないが、これ以上じっとしていても仕方がない。今の自分ができることは、ここから脱出する方法を探すこと。
(まずは、周囲をしっかり調べよう)
ミレイは槍を握り直し、慎重に歩を進めた。
これまでの療養期間中に軽く歩き回っていたおかげで、この崖下の地形には少し慣れている。だが、まだ探索できていない場所も多い。崖を登るのは無理だとしても、他に出口があるかもしれない。
静寂が広がる中、湿った空気と土の匂いが漂う。崖下の奥へ進むにつれ、人工物らしき痕跡が増えてきた。金属の破片、崩れかけた建物の残骸、腐食した鉄製の箱。どれも長い時間放置され、すでに原型を留めていないものも多い。
(……やっぱり、ここはただの自然の崖じゃない。何かあった場所だ)
ミレイは警戒を怠らずに進んだ。
そして、ついにそれを見つけた。
石壁に刻まれた不自然な紋様——魔法陣の名残。
かつてここに、何かが存在していた証拠。
(やっぱり……ここは魔法に関係する場所だった)
ミレイは槍を構えたまま、じっとその痕跡を見つめた。
魔法陣はすでに機能を失っているようだったが、かすかに魔力の残滓を感じる。長く使われたものなのか、それとも誰かが意図的に残したものなのか——。
(この崩れ方……魔法陣は、もともともっと大きかった?)
壁面に指を這わせながら、慎重に周囲を観察する。何かを守るためだったのか、それとも——。
ふと、奥の暗がりに目を向ける。
そこには、ほとんど埋もれかけた鉄扉のようなものが見えた。
(……あれは?)
慎重に歩み寄り、手で埃を払い落とす。分厚い金属製の扉で、かすれた紋章のようなものが刻まれている。鍵穴らしきものもあるが、かなり古びており、簡単には開きそうにない。
(これは……どうすれば開く?)
ただの扉ではない。強い魔法の痕跡が残っている。
(……とりあえず、どうにかして調べるしかないか)
ミレイは軽く槍の柄で扉を叩き、音を確かめる。響き方からして、中はまだ空間が続いているようだった。
(脱出のヒントになるかもしれない)
新たな手がかりを前に、ミレイは覚悟を決めた。
次の目的は、この扉を開くことだった。
ミレイは扉の周囲をさらに詳しく調べた。細かな亀裂や、わずかに歪んだ部分。そこに指を這わせると、わずかに残る魔力の痕跡が感じられた。
(魔法で封印されてる……? でも、崩れてる部分もある)
慎重に魔力を巡らせながら、触れた箇所を確認する。
(力ずくでは開かない。魔力干渉で何かできるか……?)
ミレイは手を扉に当て、微かに魔力を流し込んでみた。
——反応はない。
(ダメか……いや、もう少し試してみる)
焦らず、魔法の痕跡を感じながら、別の方法を探す。扉の封印の構造を理解できれば、崩れた部分を利用できるかもしれない。
(このまま適当に試すより、まずは魔法陣の名残をもっと調べた方がいいかも)
ミレイは一歩下がり、扉だけでなく、その周囲の遺跡全体をもう一度見渡した。
周囲には崩れかけた壁や、何かの基礎部分らしき石組みが点在している。これらが何の施設だったのかは分からないが、かつてここに「何か重要なもの」があったのは間違いない。
ミレイは足元の瓦礫を踏み越えながら、壁面に残された魔法陣の痕跡を指でなぞる。刻まれた紋様は風化していて完全な形は分からないが、魔法の流れを感じ取ることはできた。
(……これは、転移か? それとも封印系?)
微かに感じる魔力の残滓を辿りながら、細かい刻印の並びを確認する。もしこれが転移魔法陣ならば、もともとはここからどこかへ繋がっていたのかもしれない。だが、破壊された今となっては機能しない。
そしてもう一つの可能性——封印。
(扉の封印と関係してるなら、魔法陣が解除の鍵になってるかも)
それなら、封印を解くための「仕組み」がどこかにあるはずだ。
ミレイはあたりを慎重に探しながら、地面の僅かな凹凸に気づいた。瓦礫を払い除けると、そこには部分的に埋もれた「小型の魔法陣」が現れた。
それは扉に刻まれていたものと似た紋様を持ち、魔力の流れがわずかに残っている。
(もしかして……これをどうにかすれば、扉が開く?)
手をかざし、魔力を流し込んでみる。
——カチリ。
微かな音がした。扉の魔力がわずかに変化するのを感じる。
(……いけるか?)
ミレイは慎重に魔力の流れを調整しながら、さらに力を込めた。
瞬間、扉全体に細かな亀裂が走るように魔力が拡散した。封印が完全に解ける——そう確信した瞬間、鈍い音を立てながら、重厚な扉がゆっくりと開いた。
中からは、ひんやりとした空気が流れ込む。
闇に沈む空間——未知の領域。




