第七章 〜絶望の底で〜 6
崖下の地形は予想以上に荒れている。大小さまざまな岩が転がり、ところどころに瓦礫の山がある。どこかの建物が崩れた跡なのか、金属片や木片が散乱していた。
足を引きずりながら進むたびに、痛みが膝から突き上げる。それでも止まらない。生存本能が「ここはまだ安全ではない」と告げていた。
(もう少し、周囲を確認しないと)
空を見上げる。崖の上は遠い。そこへ戻る手段は今は考えない方がいい。まずはこの場で、生き延びるためのものを探す。
途中、瓦礫の陰に何かが埋まっているのを見つけた。
「……これは?」
慎重に瓦礫をどけると、金属製の箱が姿を現した。錆びついてはいるが、まだ頑丈そうだ。
(開けられる……?)
指をかけ、力を込める。だが、蓋は固く閉ざされている。
「くっ……!」
痛む腕に力を入れながら、何度か試みる。すると、錆が砕ける音とともに、わずかに隙間ができた。
その中には——
「……これ、武器?」
箱の中には、柄の短いナイフが一振り。刃こぼれはあるが、使えないほどではない。さらに、何かの書き付けが入っていた。
ミレイはナイフを取り出し、慎重に握りしめる。
(槍と併用できる……これなら、接近戦も対応しやすいかも)
ナイフを腰に差し込み、さらに紙切れを手に取る。
「……何かの記録?」
古びた紙には、かすれた文字が刻まれていた。
「……読めるかな」
ミレイは慎重に紙を広げた。文字の大半は滲んでいるが、いくつかの単語はかろうじて判別できる。
『……実験……崩壊……封鎖……対象……』
(実験? 封鎖? 何のこと……?)
紙の隅に日付らしきものがある。それは かなり昔のもの に見えた。つまり、これはこの場所がまだ何かの施設だったころの記録だろう。
(ここで何かが起きた……?)
断片的な言葉だけでは全貌は掴めない。しかし、「実験」「封鎖」という単語からして、何か 危険なもの が関わっていた可能性が高い。
(……考えても仕方ないか。でも、この場所がただの崖じゃないことは確か)
ミレイは紙を慎重に折りたたみ、腰のポーチにしまった。
(もう少し、探せるものがあるかも)
ミレイはさらに探索を続けた。
崖下の風は冷たく、霧がゆっくりと地面を這うように広がっている。湿った空気が肌に張り付き、時間の感覚すら曖昧になりそうだった。
慎重に足を進めながら、瓦礫の間を抜ける。目に入るのは、岩と砂利、崩れかけた構造物の一部。どれも長い年月の果てに朽ち果てたものばかりだ。
(……何か、まだ使えるものはないか)
ミレイは視線を走らせた。少し先に、瓦礫の隙間に何かが埋まっているのが見える。
近づき、そっと手を伸ばす。金属の感触。慎重に引き抜くと、それは 折れたランタン だった。
「……火を灯すのは難しそう、か」
ガラスの部分はほぼ割れており、芯もボロボロになっていた。だが、燃料がわずかに残っている。
(これ……燃料だけなら使えるかも)
油を布に染み込ませれば、火種として利用できる。慎重にランタンを傾け、少しだけ燃料を手持ちの布に吸わせる。
背後の瓦礫に目をやると、そこには 崩れかけた壁のようなもの が見えた。
「……建物の跡?」
興味を引かれ、慎重に近づく。壁の一部が崩れ、中に何かあるかもしれない。ミレイは槍を構えながら、瓦礫の隙間から覗き込んだ。
闇の中、かすかに何かが反射する。
(……何かある)
瓦礫を少しずつどける。手が触れたのは、冷たい金属。慎重に引き抜くと、それは 古びた剣 だった。
「……これは」
刃は錆び、柄も部分的に壊れている。だが、まだ十分に使えそうだ。
(槍があるし、無理に使う必要はないけど……)
手に持ち、バランスを確かめる。剣術はそこまで得意ではないが、もしもの時に役立つかもしれない。
「……持っておくか」
剣を腰に差し込み、さらに探索を続ける。
(何か手がかりになるものがあるはず)
ミレイは再び周囲を見渡した。
しばらく進むと、瓦礫が途切れ、わずかに開けた空間が現れた。崖の影が壁となり、風の吹き込みも少ない。
「……ここなら、しばらく休めそう」
背後を岩が覆っており、目立つ敵の気配もない。完全に安全とは言えないが、今のミレイにとっては十分な避難場所だった。
まずは水と食料の確保だ。
辺りを慎重に探りながら、ふと湿った地面の窪みに目を留める。
「水……?」
指先で触れると、冷たさが伝わる。慎重に掬い、匂いを確かめる。
(……濁ってないけど、念のため煮沸したほうがいい)
すぐ近くには、先ほど見つけた燃料がある。火を起こすための材料は揃っている。
次に、食料。先ほど野草を見つけたが、もう少し栄養価のあるものがほしい。
周囲を探索していると、倒木の隙間に キノコ が生えているのを発見する。
「これ……食べられるかな」
毒の可能性を考慮し、慎重に見極める。ギルドで学んだ知識を思い出しながら、形状や匂いを確認した。
(大丈夫そう……か)
これ以上の食料確保は難しそうだ。少しでも体力を回復させるため、ミレイは火を起こし、水を煮沸しながら、慎重に食事をとった。
炎を見つめながら、ゆっくりと深呼吸をする。
薪がはぜる音が静寂の中に響く。炎のゆらめきに合わせて、心もゆっくりと落ち着いていく。荒い呼吸を整えながら、ミレイは目を閉じた。
(このままじゃ、ただ生き延びるだけになっちゃう)
体が回復するまで、動き続けるのは無理だ。
火の揺らめきをぼんやりと見つめながら、ミレイは静かに息を吐いた。
「……まあ、しばらくは安静にするしかないか」
落下と戦闘の影響で、体の随所が痛む。特に右足の負傷がひどく、今のところまともに立つことすら難しい。無理をすれば、回復が遅れるどころか、悪化する可能性すらある。ある。
(焦っても仕方ない。まずは回復が最優先)




