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第六章 〜邂逅〜 4

 リリスの動きは異常だった。


 彼女はまるで音もなく影を滑るように動き、ミレイの視界から消えたかと思えば、次の瞬間には背後に現れる。槍を振るうが、その刃はかすりもしない。


「ほらほら、どうしたの? そんなので、私を楽しませられるの?」


 リリスは笑いながら、細身の剣をミレイの肩口へ滑り込ませる。ギリギリで槍を旋回させ、衝撃をそらすが、その隙に背後へと回り込まれる。


(速い——いや、それだけじゃない)


 彼女の動きは、戦闘技術の積み重ねではない。まるで"殺しそのものを楽しむ"ための異様な動きだった。死線をくぐり抜けるわけでもなく、ただ楽しそうに、いたぶるように剣を操っている。


「ねぇねぇ、もっと怖がってよ? そんなに真剣な顔してたら、つまんないじゃない」


 リリスは挑発するように剣を振るいながら、笑っている。


 しかし、ミレイは動じない。槍の軌道を最適化し、最小限の動きでリリスの攻撃をいなし続ける。その姿に、リリスの笑みが微かに歪んだ。


「……ねぇ、なんで?」


 剣を翻しながら、リリスはミレイの表情をじっと見つめる。


「普通、ここまで追い詰められたら、もっと泣きそうな顔をするものなのに……あれぇ?」


 軽い調子で言いながらも、その瞳には小さな違和感が宿り始めていた。


 ミレイの目は、一切揺らがない。汗も浮かばず、ただ冷静に戦況を見極めている。何かが、おかしい——。


「ふふ、面白いわね?」


 リリスはゆっくりと剣をなぞり、ぞくりとするような悪寒を楽しむように微笑んだ。


「もっと……もっと試してみたくなっちゃった」


 次の瞬間、殺気が弾けた。リリスの剣が、一瞬で凶器へと変わる。


「さぁ……どこまで耐えられるか、楽しませてよ!」


 血戦が、本格的に幕を開けた——。





 霧のように揺蕩う瘴気が、視界を塗りつぶす。冷たい靄が肌を撫で、喉の奥まで押し入るような感覚があった。

 まるで、空気そのものが死の気配に染められているかのように。


 ミレイは槍を構えたまま、違和感に眉を寄せた。


「……何、これ?」


 微かに鉄錆びた匂いが混じる。息を吸うたび、胸の奥がじわりと重くなる。

 だが、それ以上に異常なのは——


 世界が、歪んでいることだった。


 大地が波打ち、木々の輪郭が滲む。

 遠近感が狂い、足元さえも定まらない。


「くすくす……ねぇ、楽しい?」


 甘く、けれど酷く冷たい声が耳朶を撫でた。


 瞬間——視界が暗転。

 次に見えたのは、


 血に塗れた自分の手だった。


「……ッ!」


 ぬるりとした感触。

 指の隙間を伝う温かい液体。


 足元には、倒れた小さな影。

 槍の穂先が何か柔らかいものを貫き——


 動かない。


「ミレイ……どうして……?」


 リーナの声。

 掠れた、壊れそうな声。


 心臓が、一瞬凍りつく。


 ——違う。

 これは、違う。


「リーナはここにいない」

「私はこんなこと、してない」

「……これが、幻覚か」


 意識を強く持つ。

 強く、確かに。


 リリス——

 彼女は、リカルド教官が言っていたように私が恐怖を感じないことに気づいた。

 だからこそ、「自我」を壊しにかかった。

 恐怖ではなく、疑念。

 自分自身への、根源的な揺らぎを——


 ——だが、それは通用しない。


「……そんな安い手、私には効かないよ」


 血に濡れたはずの手を強く握る。

 温もりのある感触が、指の中で消えていく。


 ——幻が崩れる。

 視界が元に戻った。


「……ふぅん? 普通はね、ここで取り乱すんだけど?」


 リリスの声が、少しだけ弾んだ。

 彼女の目が、


 ——愉悦から、興味へと変わる。


「——やっぱり、君って“特別”だね」

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