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第六章 〜邂逅〜 3

 夜の闇が静かに広がる中、ミレイは肩で息を整えた。ギルドで護衛の依頼を終え、宿舎でひと息つくはずだったのに、どういうわけか足が勝手に村の方へ向かっていた。


(なんでだろ……落ち着かない。なんかが引っかかる)


 胸の奥でざわつくものを振り払うように、彼女は足を速めた。森の中を抜け、村の入り口にたどり着いた瞬間、全身を冷たい違和感が駆け巡る。


(……音がしない?)


 夜風が吹き抜けるのに、木々がざわめく音すらない。虫の羽音も、鳥のさえずりも消えていた。まるで世界から命の音がすっぽり抜け落ちたような静寂。違う、これは——


(この村、生き物そのものを拒絶してる)


 警戒心が肌を粟立たせる。だが、恐怖はない。心の奥で鈍く鳴る警鐘を感じながらも、ミレイの足は止まらなかった。胸のざわめきの正体を確かめるために。


 槍を握り直し、気配を殺して慎重に進む。村の中は荒廃していた。崩れた屋根、破れた壁、散乱する家具——だが、それは時間の流れによるものではない。


(これ……最近壊された?)


 冷たい感覚が胸を締めつける。リーナの村の時よりも荒廃している。記憶が脳裏に蘇るが、恐怖はこみ上げてこない。ただ、確かめなければならないという確信だけがミレイを前へ進ませた。


 慎重に歩を進め、村の中心部へ。広場に差し掛かった瞬間、ミレイは息を呑んだ。


「……これ、リーナの村で見た……」


 地面に描かれた奇妙な紋様。黒い液体で描かれ、そこから淡い瘴気が立ち上っている。見た瞬間、肌を刺すような悪寒が走った。

 リーナの村の門に刻まれていたものと酷似している。


(壊そう——)


 槍を強く握り、魔法陣の中心へと歩み寄る。静寂の中、ただ彼女の呼吸だけが響いていた。





 魔法陣を壊そうと踏み込んだその瞬間、鋭い殺気がミレイの背後を貫いた。


 瞬時に槍を構え、闇の中へと振り向く。


「——そこまでだ」


 低く響く威圧的な声。闇の中から現れたのは、重厚な鎧に身を包んだ男。


「貴様は何者だ。ここで何をしている?」


 冷ややかな声とともに、男が大剣を抜く。その動きは無駄がなく、隙のない構えだった。ミレイはすぐに理解する。強い。


「そっちこそ誰? こんな魔法陣を守ってるってことは、敵ってことでいい?」


 槍を握り直し、静かに息を整える。恐怖はない。だが、目の前の男が格上であることは直感でわかった。


 刹那、空気が弾ける。


 男が地を蹴り、剛剣が唸りを上げて襲いかかる。ミレイは紙一重でそれをかわし、槍で迎え撃つ。金属と金属がぶつかり、火花が散った。


(重い……!)


 腕に響く衝撃に歯を食いしばる。だが、ただの力比べでは勝てない。ミレイは素早く足を捌き、間合いを取る。


 攻撃を仕掛けながら、男の視線がミレイの瞳を捉えた。


「……迷いのない、強い瞳だな」


 その一瞬、男の剣の勢いがわずかに鈍る。


「……お前は、なぜ戦う? この世界の不条理を見ても、まだ前に進めるのか?」


ミレイは眉をひそめる。


「……進むしかないでしょ。私は、生きるために戦ってるだけ」


 男は一瞬だけ目を伏せ、わずかに笑い剣を下げた。戦意を解いたわけではない。しかし、敵意は薄れ、違う何かが彼の中で揺らいでいるようだった。


「お喋りはそこまでよ?」


 空気を裂くような甘い声。その主が、闇の中から現れる。血のように赤い唇が、狂気をはらんだ笑みを作っていた。


「なぁんか楽しそうな事してんじゃん。ねぇ、ガブリエル。それ譲ってくれる?」


「……リリスか。勝手にしろ」


 男——ガブリエルはそれ以上言葉を交わさず、その場を後にする。ミレイはその姿を横目で追うが、すぐに目前の敵へと意識を向け直した。


「さて、お楽しみの時間よ」


 リリスと呼ばれた女の手に握られた細身の剣が、暗闇にかすかな月の光を反射している。ミレイも再び槍を正眼に構え、短く息を整えた。


「——いくよ」


 次の瞬間、二人の影が交錯する。吹き荒れる夜風が、戦いの幕開けを告げるように村の広場を駆け抜けていった。

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