第二章 〜異世界転移 - 極限サバイバルの幕開け〜 1
意識が浮上する。しかし、そこにあったのは見慣れた天井ではなかった。冷たい空気が肌を刺し、湿った土の匂いが鼻腔を満たす。遠くでは、何かがざわめく音が聞こえた。
美玲——いや、ミレイは、ゆっくりと目を開ける。視界には、見たこともない風景が広がっていた。空はどこまでも広く、月が青白く輝いている。しかし、それ以上に目を引くのは、異様なほど太く背の高い木々だった。幹の表面は黒く、まるで焼け焦げたようにひび割れ、その隙間から青白い光が漏れている。
不気味な風景。異様な静寂。
「……ここは、どこ?」
声に出した瞬間、自分の喉がひどく乾いていることに気づいた。目を覚ました場所は、草の生い茂る森の中。ふと手を伸ばせば、そこには柔らかい苔と湿った土があった。だが、どこか肌寒い——寒い。
今まで着ていたはずの制服がない。代わりに身につけているのは、異世界らしいシンプルな布の服。動きやすさを重視したチュニックと、裾の短いズボン。どうやら、この世界の装いに合わせて変化したらしい。
視線を落とし、手を見つめる。——これが、私の体?指をゆっくりと動かしてみる。——確かに、自分のものだ。だが、どこか現実味がない。つい数時間前まで私は、“終わらない日”を生きていたはずなのに。それなのに今、こうして異世界の大地を踏みしめている。
「……本当に、来てしまったんだ」
かすかに震える自分の声。神は、私を確かに“異世界へ導く”と言った。しかし、こんな森の奥に何の説明もなく転移させる理由は何だろう——試練? いや、それだけではないはず。
あの神は、確率を計算し、最適解を導く冷徹な存在。それなら、“この場所”であることにも意味がある。
「……選ばれた理由は、ここにもある?」
胸の奥に、不安と理解が混ざる。
だが、そんなことを考えている余裕はなかった。なぜなら——。
突然の唸り声。背筋が凍る。無意識に振り向いた瞬間、視界の端に黒い影が映る。——速い!
狼のような獣が、しなやかな動きで飛びかかってきた。体が勝手に反応する。前に踏み込むのではなく、無意識のうちに後方へ跳ぶ。だが、着地の際にバランスを崩し、そのまま転倒した。
土の匂いが鼻をつく。視界が揺れる。背中に走る鈍い衝撃。——牙が迫る。数秒もない。反応する時間は——ない。だが、恐怖が私を支配することはなかった。
確かに、死はすぐそこにある。だが、あの終わらない日々で身についた精神力が、本能の暴走を抑え込む。冷静な判断が、意識の奥底から浮かび上がる。
「このままじゃ、殺されるっ」
死の瞬間を何百回と経験してきた私が、いまさら恐れるものなどあるか——。
その瞬間——何かが目覚めた。右手に力が集まる。熱い。体の中を流れるものが、一点に集中する感覚。——魔力?考えるよりも先に、体が動いた。
狼の喉元を狙い、拳を振るう。次の瞬間、轟音とともに、狼の巨体が吹き飛んだ。
だが。
「……っ!」
全身に、電撃のような衝撃が走る。筋肉が硬直し、痙攣する。——体が、ついてこない。呼吸が苦しい。全身が熱に包まれ、まともに動けない。
「は……ぁ、うっ……」
自分の体が、“出力”に耐えられていない。まるで、過負荷がかかったように、力が抜けていく。意識が朦朧とする。
そして——倒したはずの狼が、最後の力で動いた。
鋭い牙が、ミレイの右腕に食い込む。
「っ……!」
熱い痛み。歯が肉を裂く感触が、鈍く伝わる。だが、精神は冷静だった。
「離れてっ……!!」
残った力で、狼の腹を蹴り飛ばす。獣が、短い悲鳴を上げる。静寂。そして、血が流れる。——まずい。
意識が遠のく。
「……ここで、死ねるか……っ」
だが、目の前は暗く染まっていく。体が冷えていく。血が止まらない。魔力の使い方もわからず、回復手段もない。
だが、彼女の精神は“ループを5年生き抜いた”強さを持っている。“考えろ。生きる方法を——”