第一章 〜神の声と新たな運命〜
「——やっと見つけた」
美玲は、静寂の中で目を開けた。
目の前には、まるで光そのもののような女性が立っていた。彼女の瞳は深い銀色に輝き、まるで無数の未来を内包しているかのようだった。
「君は、唯一の希望だ」
「私は、無数の未来の可能性を演算し続けてきた。そして、何億何兆とある運命の中で、たったひとつ、魔王を討てる未来が存在した」
「それが——君、美玲だけだった」
美玲は、何も言えなかった。長い輪廻の果てに、ようやく違う言葉を聞いた。
「……君を、異世界に導く。戦え、美玲。私は君に力を授ける」
そう告げる神の瞳は、確かに彼女に期待を抱いていた。
美玲の唇がわずかに動く。言葉にするべき何かを探しながら、ただ、沈黙の中で神を見つめた。
「……私が、魔王を倒す?」
問いというより、呆然とした呟きだった。
長すぎる輪廻を経て、未来への期待を失った自分が、"世界の命運"を背負う存在だというのか。
「信じられないのも無理はない」
神は微笑みながら、一歩、美玲へと近づいた。彼女の周囲に漂う光が、美玲の肌に触れた瞬間、胸の奥が妙にざわめいた。
「だが、君はすでに"異常な耐性"を持っている」
その言葉に、美玲は眉を寄せた。
「……耐性?」
「君は五年間、同じ日を繰り返した。その中で、"生存本能"と"精神耐性"が異常なほど鍛えられている。普通の人間ならば、百回繰り返した時点で精神が崩壊する」
「けれど君は——何千回も耐え抜いた」
その事実を改めて突きつけられ、美玲は息を呑んだ。
確かに、最初の頃は恐怖に震え、何度も泣き叫んだ。何度も絶望し、死を選んだことすらある。それでも、五年もの間、自分は生きてきた。
何度死んでも、何度繰り返しても——。
「君はすでに、普通の人間ではない。精神が異常なほど強靭であることは、君自身が証明している」
「そして、君には"適性"がある。魔法と武術の才能。それらは、生まれ持ったものではなく——"君が耐え抜いたからこそ"、得ることができる」
「耐え抜いたからこそ……?」
「この世界の法則において、"試練を乗り越えた者"は、強くなる。だが、これほどの試練を乗り越えた人間は、これまで存在しなかった」
神の銀色の瞳が、美玲の奥底を覗き込むように輝く。
「だからこそ、私は君を選んだ。確率論的に、君だけが"魔王に対抗しうる"存在だった」
「……そんな」
美玲は、かすかに震える拳を握る。
普通の女子高生だったはずの自分。
ただ、何度も生き残る術を探し求めて、そして死に続けただけの自分。
それが、"特別"だと言うのか。
「私が君に与えられるものは、三つの才能」
「"武術の才能"、"魔術の才能"、そして——"スキル獲得率の上昇"」
神の声は淡々としている。だが、その意味するところは美玲にとって、あまりにも大きすぎた。
「その力はあくまでも"補助的"なものに過ぎない。スキルとは"行動した結果"として手に入る、行動の成功率を補完する能力しかもたない」
「……つまり、"努力が無駄にならない"ということ?」
「その通り」
「君はすでに、多くの試練を乗り越えた。その結果として——"生存本能"、"精神攻撃無効"、"異常な耐久力"を持っている」
「この力をどう使うかは、君次第だ」
美玲は、神の言葉を静かに噛み締めた。
輪廻の中で培った強さ。
自分がどれだけのものを失い、どれだけのものを手に入れたのか——。
「……私は、本当に魔王を倒せるの?」
「保証はない」
神は即答した。
「だが、"可能性"は存在する。そして、私はその可能性に賭ける」
美玲は息を呑む。
今まで、何をしても結果が変わらない世界で生きてきた。
だが、今ここに——初めて、"確定していない未来"がある。
「美玲。異世界へ行く準備はできているか?」
神が静かに問いかける。
美玲は、一瞬だけ目を閉じる。
そして、次に目を開けた時——
「……やってみるよ」
彼女の瞳には、僅かな光が宿っていた。
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そして、世界は変わる。