第四章 〜黒い影〜 1
朝の森は静かで、木々の間から差し込む陽光が、濡れた葉を煌めかせている。夜の冷たさがまだ空気に残る中、焚き火の残り香が微かに漂っていた。ミレイは槍を背に背負い、リーナの歩調に合わせるように進み出す。
道すがら、ミレイは昨夜の話を整理しながら、慎重に言葉を選んだ。
「リーナ……昨日の夜、何があったの?」
リーナは少しだけ俯き、ぎゅっと拳を握りしめた。迷いながらも、震える声で言葉を紡ぐ。
「……最初は、ほんの小さな異変だったの。夜になって、村の外れに黒い霧のようなものが広がって……。気味が悪いとは思ったけど、みんな疲れていたし、誰も気にしなかった」
「黒い霧……?」
ミレイの脳裏に、不吉な予感がよぎる。リーナは、静かに続けた。
「その霧が、村の中に流れ込んで……最初に気づいたのは、動物たちだった。牛やヤギが急に騒ぎ出して……次の瞬間、霧に触れたら……消えたの」
「消えた?」
リーナは震えながら頷いた。
「人も……同じだった。家から出てきたおじいちゃんが、霧に包まれた瞬間……そこにいたはずなのに、いなくなったの。悲鳴も、苦しむ声もなく、一瞬で……」
ミレイの指先が冷える。胸の奥に冷たい何かが広がる感覚。しかし、彼女の精神は揺らがない。
「それで、リーナはどうやって逃げたの?」
「お母さんが……逃げろって……。でも、私、怖くて動けなくて……。お母さんが、私を押し出して……そのまま、霧に……」
リーナの声が途切れた。彼女の手は、涙をこらえるように強く胸元を握りしめている。
ミレイはそっと彼女の背中を支えた。
「……つらかったね。でも、君は生き延びた」
リーナは、小さく頷いた。
二人は、やがて村の入り口にたどり着いた。
だが——。
村は、異様な静寂に包まれていた。
「……誰も、いない」
昨日、遠目に見えた煙の気配もなく、家々はまるで時間が止まったかのように静まり返っている。村の門には、不気味な紋様が刻まれていた。それは魔法陣のようで、禍々しい魔力の残滓を漂わせている。
「この魔法陣……何のためのもの?」
ミレイが呟いたその瞬間、リーナが青ざめた顔で門の向こうを指さした。
「……ミレイ……あれ……!」
ミレイが視線を向けると、村の奥から、ゆっくりとした足取りで何かが近づいてくる。
人の形をしているが、皮膚は黒く、目の部分にはただの闇が広がっていた。
「……これは……」
リーナの声が震える。
「あれ……あの黒いもの……! たぶん……あの霧と同じ……!」
ミレイは槍を強く握りしめた。




