第十一章 〜変質〜 6
ミレイの槍が、まるで生き物のように唸る。
(これが……効く。理解も追いつかないうちに、反応すらできないうちに)
敵の目が、恐怖で揺れるのを見た。殺す必要はない。もう、戦えないことが分かっている。
——いや、分かってしまう自分がいる。
その判断の速さ、思考の精度、そして何よりも「敵が壊れていく様」を、
どこか遠い場所で観察しているような視点。
(こんな戦い方、前は……してなかった)
胸の奥に、ひやりとした違和感が生まれる。
けれど、それを意識する間もなく、次の敵が迫る。
リヴィアが横目で彼女を見る。
何も言わない。
だが、その視線には確かに気づいている色があった。
ミレイの槍が再び唸る。
それはもはや生きるための槍ではなかった。
壊すための槍。
正確に、冷酷に、相手の精神を断ち切る軌道。
——どこかで見たような戦い方。
かつて出会った誰か。
ミレイの中の何かが、その記憶に触れそうになるたび、視界が黒く滲んだ。
アイザックの顔に、かすかな戦慄が浮かんだ。
かつての仲間が、そしてその傍らに立つ若き戦士たちが、自分の想定から外れた力を見せていることに。
「これは……設計外だ……」
その目がリヴィアを捉える。
「そこ女、まさかノルディス王家の……? ガブリアスめ、しくじったのか。くそっ……」
次の瞬間、砦全体に高周波のような音が鳴り響いた。空間が揺らぎ、黒い瘴気が螺旋を描いて収束していく。
「今日はここまでだ」
アイザックの声が静かに響く。
「予想以上の成果が得られた。……撤収する」
融合兵たちが一斉に霧散していく。敵意を持っていたはずの存在が、命令一つで沈黙していく様は不気味でさえあった。
「逃げるのか、アイザック!」
バルドが叫ぶも、すでにアイザックの姿は瘴気の中にかき消えていく。
「また会おう、バルド。そして設計外の君たちも……」
それだけを残し、彼の気配は完全に消えた。
◇◇◇
夜。砦の片隅、崩れかけた石壁に囲まれた空間に、小さな焚き火の明かりがゆらゆらと揺れていた。
静まり返った空気の中で、炎の音だけが規則正しくはぜる。
三人は瓦礫を背に、それぞれの距離を保ったまま座っていた。
ミレイは少し離れた岩の上。拾い上げた古い鉄槍を膝に置き、無言で見つめている。少女の手が一度でもこれを握ったのだと思うと、そこに残されたわずかな温もりが幻のように感じられた。
彼女の顔は焚き火の明かりに照らされていたが、その目の奥は、どこか遠くを見ていた。
「少し、外の空気を吸ってくる」
誰にともなく呟いて、砦の外へと歩いていく。その背に、二人は何も言わなかった。
焚き火の明かりに照らされたまま、しばしの静寂が流れる。
「……彼女、何に悩んでるのかしら」
リヴィアの声は、ため息のように小さかった。
「何も話してくれない。でも……きっと何かを抱えてる」
バルドは酒瓶を一度、軽く振ってから置いた。
そのまま火を見つめたまま、低く応える。
「わかってねぇのは、俺も同じだ」
ぱち、と火が爆ぜた。
「バルド」
リヴィアが少し間を置いて言った。
「……さっきのアイザック。あれが、あなたの知ってる元・同僚なの?」
バルドは少しだけ眉を動かしたが、うなずいた。
「そうだ。……研究が暴走しかけた時、俺はあいつを殺した。いや、殺したつもりだった。あれが最善だと思ったからな」
淡々と語られるその言葉には、鈍い痛みが滲んでいた。
「当時は、それが正義だと信じてた。国のため、秩序のため、任務のため……そうやって、自分を納得させてた」
「けど今になって、ああして目の前に現れた。……まるで、お前の正義は間違ってたって言われてるみてぇだ」
焚き火の明かりが、バルドの頬に揺れる影を落とす。
「……止められたはずなんだ。もっと早く、もっと別の方法で」
リヴィアは黙っていた。その手は静かに握られていたが、目はまっすぐバルドを見ていた。
「あなたは、それを後悔してるのね」
「後悔なんて、生ぬるいもんじゃないさ」
バルドは小さく笑ったが、そこに笑みの色はなかった。
「俺はあいつを人間じゃないものにしちまった。その責任は消えねぇ」
しばしの沈黙。
「あのさ……ミレイも、壊れかけてる気がするの」
リヴィアの声は低く、けれど確かな震えを持っていた。
「あの戦いのとき、あの目……どこか、もう感情が届かない場所にいるような気がした」
「怖い。でも、見捨てたくない」
「私は、何もできないのよね」
ぽつりと落ちたその言葉に、バルドは焚き火越しに目を細めた。
「それでも、お前はここにいる。それで十分だ」
リヴィアは目を閉じた。
火の光の中、まぶたの裏で誰かの影が揺れていた。
彼女はそのまま、何も言わずに焚き火を見つめ続けた。
風がひとつ、夜の闇をなでていった。




