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第十一章 〜変質〜 5

 言い終わると同時に、バルドの動きが空気を裂いた。戦槌に手をかける一連の流れに、まるで溜めなど存在しなかった。重力を無視したような加速。鈍重な武器であるはずの戦槌が、まるで弓矢のごとく直線を描いてアイザックへと迫る。


 普段、どこか酔ったようにゆるく構えている彼とは思えない。目で追えるはずのない一撃に、ミレイが反射的に息をのむ。


 だが——


 瘴気の中から、ずるりと現れた影が、その軌道を断ち切った。


 融合兵。


 かつて人間だったはずの兵士。その面影を微かに残しながらも、体表には黒い瘴気と融合したような瘤が浮かび上がり、眼には光の欠片もなかった。肉の一部が溶け、鎧と一体化し、何かが入り込んだかのように不自然に膨れ上がっている。


 「……ははっ、流石の力だな、バルド」


 アイザックが笑う。口元は楽しげだが、その目は鋭く、底冷えするような興奮に濡れていた。


 「でも、そんな君でも、こいつらには敵わないだろう?」


 バルドの眉がわずかに歪む。


 「まさか……これが……」


 「はははははは! そう、完成したんだよ! 君たちが恐れ、封印しようとしたあの研究は……今や立派な兵士として運用可能な段階に到達した!」


 誇らしげな声。だが、その響きは狂気に近かった。


 「この砦を守っていた兵士たちは……今やみな、私の手駒だ!」


 その瞬間、瘴気が膨れ上がり、複数の融合兵が姿を現す。重たい足音。かつて人間だったとわかるその影が、無表情で武器を構えた。


 ミレイは瞬時に構える。


 「リヴィア、右側をお願い。私は正面から行く」


 「了解。……行くわよ」


 リヴィアも即座に応じ、剣を抜いた。彼女の動きは無駄がなく、まるで長年連携してきた仲間のような流れだった。


 ミレイの槍が、空気を裂いた。

 融合兵の胸元を正確に突く。瞬間、手応えと共に、芯のような黒い核が霧散する。


 「……なに……!? 通った……? いや、そんな……この兵たちは完全なはず……!」


 アイザックの声が震える。口では笑っていても、その目には動揺の色が滲んでいた。


 リヴィアも別の個体を切り裂く。刃が筋肉と鎧を貫き、融合兵の動きが止まった。


 「こんな……私の剣で、効く……?」


 その瞬間、リヴィアの胸の奥で何かがざわめいた。


 血の中に流れる、得体の知れない何か。感情でも、理屈でもない——けれど、確かに「これは、自分の力だ」と思わせる直感。


 「……これは──私だけの力?」


 リヴィアの視線が鋭さを増し、構えが変わった。まるでその手に握る剣が、今までと別の意味を帯び始めたように。


 一方、バルドは攻撃を受け流しながら、相手の動きに隠された癖を見抜いていた。戦槌を振るうでもなく、ただその巨体を避け、腕を止め、足を崩し、動きを封じる。

 バルドのそれは、戦うというより、戦いそのものを解体しているかのようだった。


 「お前ら……思った以上に、化け物だな」

 そう呟くその声に、もはや軽口はなかった。

 そこに滲んでいたのは、純粋な戦士としての敬意だった。


 そして——ミレイが動いた。


 彼女の槍が、次の敵の呼吸よりも早く喉元へ届く。

 相手が動く前に動き、恐れる前に怯えさせる。

 その突きは、ただ肉を貫くためではない。心を支配し、恐怖で縛る槍だった。


 ミレイの動きは、異様だった。

 冷静すぎるほど冷静で、正確すぎるほど正確。

 だがその中に、何か「削れているもの」があった。


 彼女の視線は、目の前の融合兵ではなく——その奥に、何かを見ていた。


 (リーナ……)


 心の奥底に、少女の名が過ぎる。あの日、自分の手からこぼれ落ちた温もり。


 (まだ……生きてるよね? そうじゃなきゃ……)


 けれど、答えはない。

 不確かな希望と、不確かな恐怖だけが、胸の内で渦を巻く。


 その空白を、戦闘が埋めていく。


 ミレイの槍が、融合兵の首筋に吸い込まれるように突き立った。

 その軌道には、怒りも、悲しみもない。

 ただ、「結果として敵が倒れる」最短距離。


 「通った……」

 呟きすら感情を感じさせない。


 だが——それは冷静さではない。感情を切り落とした、その先にある無味乾燥な空虚。


 (もっと……殺せる)


 心のどこかが囁く。リーナの不在を、敵の絶命で埋めようとする声。

 槍を振るうたび、その囁きは輪郭を濃くしていく。


 「聞かせてよ、もっと」


 敵が恐れ、動きを鈍らせたその一瞬を、

 ミレイは見逃さなかった。


 「……無駄」


 心を守る手段が、すでに殺しにすり替わっている。

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