第三章 〜少女との出会い〜 2
高台の頂にたどり着くと、ミレイはゆっくりと息を吐いた。足元の岩が冷たく、指先がわずかに痺れる。斜面を登ってきた疲労が全身にのしかかるが、それでも彼女の目は前方に釘付けになった。
眼下には、果てしなく広がる異世界の風景。
森の向こうには草原が広がり、その先には小さな集落のようなものが見える。屋根からは薄く煙が立ち上り、人の営みが感じられる。さらに遠くには、圧倒的な存在感を放つ巨大な城塞都市がそびえていた。高い石壁が連なり、その中には幾重にも重なる建物が並んでいるのが分かる。
しかし、それらとは異質なものがもう一つあった。
森の奥深く、まるで世界から切り離されたかのように佇む廃墟。古びた石造りの建物が朽ちかけ、ツタが絡まり、静寂の中に沈んでいる。遺跡のようにも見えるが、明らかに不穏な空気を放っていた。
「……すごい。」
呆然と呟く。
これまでの閉ざされた森の中とは違う。今、ミレイの目の前には、この世界の広さが、圧倒的な現実として広がっていた。どこへ行くか、何をすべきか——すべては自分の選択次第。
「……まずは、情報を集めるべきか。」
森の奥や遺跡には未知の危険が潜んでいるかもしれない。城塞都市までの道のりは遠く、たどり着く前に力尽きる可能性もある。そう考えれば、最も確実なのは森の外れにある集落だ。
「村なら、話ができる相手がいるかもしれない。」
異世界の常識を知ることが、今後の生存にもつながるはずだ。そう結論づけると、ミレイは再び槍を握り直した。
「……よし、行こう。」
森の斜面を下るため、一歩踏み出した。その瞬間、足元の土がわずかに沈む。何かがここを通った——ミレイは直感的に気づいた。
視線を落とす。そこには明らかに「獣ではない」足跡が残っていた。
「……人間?」
形状は靴を履いた人間のものに近い。しかし、不自然に乱れている。よく見ると、踏み跡の間隔がまちまちで、足を引きずったような跡もあった。
「……走ってる?」
何かから逃げていたのか——?
疑念がよぎると同時に、微かな違和感を覚えた。この森はただの森ではない。危険なものが潜んでいる可能性が高い。だからこそ、生存本能が僅かに警鐘を鳴らしているのだ。
ミレイは慎重に周囲を見渡した。風が木々を揺らし、枝葉が擦れ合う音が響く。だが、それ以外の音は何もない。
「……何か、あったんだな。」
緊張感を抱きながらも、彼女は決めた通り村へ向かうことにした。ここで立ち止まっていても答えは出ない。
「まずは行ってみるしかない。」
そう呟き、ミレイは静かに足を進めた。
森を抜けるために斜面を下り始めた矢先、微かな音が耳を打つ。小さな枝が折れるような乾いた音。反射的に足を止め、槍を構えながら身を低くする。
遠くから、何かのうめき声が聞こえた。
「……誰か、いる?」
慎重に音のする方向へ進む。倒木の影に目を凝らすと、そこに一人の少女が倒れていた。年の頃は十二、三歳ほど。肩まで伸びた灰色がかった髪は泥にまみれ、ところどころ枝葉が絡まっている。痩せた体躯に粗末な服をまとい、裾は裂けてボロボロだった。血の滲んだ傷跡が腕や脚にいくつも見える。
息が浅く、肩が細かく震えていた。
「……生きてる。」
安堵する間もなく、少女の背後に動く影が目に入る。
そこには、小柄な異形の者たち——ゴブリンの群れがいた。




