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19・SIDE:レナート


「まあ、素敵!」

 セリーナが、口元を抑えて瞳を輝かせる。

 

 そこは、闘技場から観客席まで、会場内を一望できる席だった。

 石畳で囲まれた巨大な円形闘技場が中央に据えられ、その周囲を取り巻くように観客席が連なっている。すでにほとんどの席が埋まっており、ざわめきが空気を震わせていた。


 三階の中央に席を用意したと聞いていたので、闘技場からはかなり距離があるものだと思っていたが、観客席の配置が工夫されており、目の前を遮るものが何もない。そのため、闘技場が驚くほど近くに感じられた。


 ユリウスの手に支えられながら、セリーナが席に着く。

 すると、近衛兵の格好をした女性騎士の手によって、タイミング良く果実入りの水とグラスがセリーナの手元のテーブルに用意された。その後ろに立つ人物に気が付き、レナートは胸に手を当て頭を下げる。


「隊長。本日はご足労賜り感謝いたします」

「いや。皇女殿下の護衛ならば、相応の者がつくのは当たり前だ。それに、ただでさえ忙しい当日に暇なのは報告を待つ私くらいなものだろう」


 近衛兵隊長ベルトラン・ド・サンクレールが貴族然とした振る舞いでそこに立っていた。黒い眼帯が今日も妙に似合っている。

 

 レナートが試合に出ている間、どこから矢じりが飛んでくるかわからない大衆の中で護衛がカルロ一人では心許ない。信頼できる人物を紹介して欲しいと依頼したところ――まさか、本人が出向いてくれるとは考えてもいなかった。

 ベルトランはセリーナの手を取り、その甲に口元を近付ける。

 

「お久しぶりね、サンクレール卿。奥様とお嬢さんはお元気かしら?」

「ええ、お陰さまで。仕事ばかりで顔を忘れられかけておりますが、殿下のおすすめの菓子を持ち帰り何とか株を上げることができましたよ」

「まあ、大変! なら、もっと沢山おすすめしてあげないと」

「これはいけない。我が家の諸事情の所為で、帝国中の菓子屋が皇室御用達になってしまいそうですね。愚痴は程々にしておきます」


 二人はどうやら普段から懇意にしているようだった。

 それぞれの挨拶を見届けて、ユリウスが大きく手を振り合図を送る。数秒後、開始のファンファーレが高らかに鳴り響き、色鮮やかな煙幕が立ち上った。


 

◇◇◇


 

 ユリウスは、試合開始と同時に席を離れた。まだまだやらなければならないことがあるのだと。 その後も、闘技会は順調に進んでいく。


 会場は、騎士達の激しい戦いを前に益々盛り上がりを見せている。

 セリーナも、時には手に汗を握りながら騎士達に声援を送り、勝敗が決まれば笑顔で拍手を送っていた。その姿は、心から楽しんでいる様子だった。

 

 残すは、ヴァーグナー公爵家の『焔虎(えんこ)』とフィオレ公爵家の『銀鯨』から、手練れと名高い二人の騎士の戦いのみ。


「『銀鯨』の騎士は、顔見知り?」


 その視線の先では、艶やかな銀色の髪を後ろで一つに結び、目元に深く皺を刻む壮年の男性が白銀の甲冑を身に着けて剣を構えている。セリーナに問われ、レナートは頷いた。


「はい。叔父です」

「そう、叔父……って、え⁉ あの猪みたいな方が?」

「……はい。祖母の血筋だと記憶しております」


 セリーナは「ほ~」と納得するように頷き、記憶を探りながら告げる。

 

「『銀鯨』は確か、団長も現公爵が務めているのだったかしら?」


 一般的に、一族を代表する者本人が剣を取り前線に立つのは珍しい。

 だが、フィオレ公爵家は西南端の国境沿いにあり、他国からの侵略や海賊、海に住まう魔獣の脅威に常に晒されている。

 

「はい。国防の為もありますが、フィオレ公爵領は伝統や歴史を重んじる幾つかの部族民たちと和平の上で島や海、森を共有しております。血族が軍を率いることで、『かつての約束を忘れていない』と対外的に示すことになっており、団長職も世襲制を取っております」

「なるほどね。和平という名の停戦状態であることから、内部の亀裂や抗争はご法度。後ろから寝首を掻かれたくはないものね。予め直系の長男、もしくは長女の婿に後を継がせると決めて、家族総出で領地を守っているということかしら。お父様の血筋なの?」


 さすがと言うべきか――レナートは、僅かに息を飲む。

 セリーナは何でもない事のように口にしているが、ほんの少し事情を説明しただけで公爵家の内部事情を即座に把握してしまった。可憐な見た目とのギャップに、驚かされてばかりだ。

 

「……はい。父は、『銀鯨』の名に恥じない優秀な剣の使い手です」


『銀鯨』とは、フィオレ公爵家の直系が受け継ぐその見た目から称された名だ。美しく艶のある銀色の髪と、真っ白な肌。そして、アイスシルバーの瞳。不思議なほどに、子ども達は皆その特徴を持って生まれて来る。レナートは、何気なく自分の手を眺める。


(……褐色の肌。父も母も、さぞ驚いたことだろう)


 ただ不思議なことに、父は一度として母の不貞を疑わなかったと聞いたことがある。教えてくれたのは、確か二番目の兄だ。一族皆が疑いの目を向けていたと言うのに。


 (叔父は、その筆頭だったな。家を出た今でも俺を疎ましく思っているのだろうか?)


 そんなことを考えていると、思案気に唸るセリーナの声が聞こえて来た。


「私……一度、あなたのお父様にお会いしたいのよね」

「……は?」


 レナートは、思わずピタリと動きを止める。何か政治的な思惑だろうか。

 セリーナの考えが分からず眉根を寄せていると、セリーナは至って真面目な表情で語った。


「だって、私は一応あなたの上司なわけでしょう? それに、私はそんなこと望んでいないけど、あなたは私の為に命を賭けるのでしょう? なら、ご挨拶に伺うのが筋じゃない?」


 言われた内容が咀嚼できず、頭の中で何度か反芻する。成人し、すっかり良い年の男の父親に、上司が挨拶に行くのは普通なのだろうか。ベルトランがぶっと吹き出し、「失礼」と一言告げ肩を震わせて笑っていた。レナートは、困惑したまま尋ねる。

 

「そ……うでしょうか? 私は騎士になったと同時に、この命は帝国に捧げておりますので、今更問題ないかと思いますが」

「でも、帝国に捧げるのと、一人の小娘に捧げるのとでは違うでしょう?」

「小娘などではありません! あなたは、命を捧げるに値する高貴なお方です。これ以上、私の主を貶める発言はお止めください」

 

 セリーナの驚いた顔を見て、レナートはしまったと口を閉ざす。

 普段なら、こんなに強い物言いはしない。セリーナが自身を(へりくだ)った言い方をするのはいつものことだ。その度に思うところはあったとしても、それが彼女の良さなのだろうと自分に言い聞かせていた。だがこの時は何故か、感情の昂りを抑えられなかった。


 どう謝罪をするか悩んでいると、セリーナは少し照れくさそうな顔で笑って言った。


「……もう、レナートってば、実は私のこと大好きでしょう?」

「は……」

「嬉しいけど、だからこそ、あなたの命も粗末に扱わないで。あなたは尊重され、尊敬されるべき人よ?」


 上目遣いに首をコテンと傾げられ、レナートの頬に熱が集まる。

 彼女の言う『好き』という言葉が、恋愛的な意味を含んでいないことはわかっているし、自分も決してそんな気持ちを抱いているわけではないが――もしかしたら、母親に『ママのこと大好きでしょう?』と尋ねられたら、こんなむず痒い気持ちだったのかもしれない。


 ベルトランは溜まらず「はは」と笑っている。

 感情の処理が追い付かず、言葉を失っていると後ろから声が掛かった。

 

 「……フィ、フィオレ卿、控室にご案内いたします」


 いつの間にか勝敗が決していたようだ。

 レナートは了承し、セリーナの傍らに跪く。


「……では、暫し席を外します。決してこの席からお離れになりませんよう、お願い申し上げます」

「ええ、わかっているわ」

「隊長」

「存分に剣を揮ってこい。イージス騎士団の威信を損なうことのないようにな」


 レナートは騎士の礼を取り、その場を後にする。

 後ろに控えていたカルロと目が合い、『よろしく頼む』と頭を微かに動かすと、カルロは了承したとばかりに頭を下げた。


 近衛兵の背に付いて歩き、暫し喧騒から離れる。

 セリーナに恥を掻かせることは出来ない。

 試合に向け心を入れ替えていると、騎士の控室を通り過ぎた。

 試合会場とも、別方向だ。

 

 どこに向かっているのか――最終的には、階段を幾つも下りて半地下の倉庫のような場所に案内された。案内人の近衛兵は、重たい鉄の扉をゴゴゴと音を出して開き、「どうぞ」と中に促す。訝しく思いながらも、扉を潜った。


「――ここは……」


 気が付けば、背後でガチャンと鍵の掛かる音が聞こえた。

 

貴重なお時間を使ってお読みいただき、ありがとうございます。

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どうか素敵な一日をお過ごしください

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