17・SIDE:セリーナ
学院のカフェでユリウスと会ったその日の夜、護衛を引き継ぐためにカルロが部屋を訪れた。セリーナは窓際に立ち、カーテンの隙間からこっそり、宮を離れていくレナートの後ろ姿を見送る。
この一週間、精霊にお願いして数回に分けて様子を探ってもらったが、空いた時間は修練場やその周辺で過ごしているようだった。
(休みの時間くらい、仕事のことを忘れてのんびりすれば良いのに……)
そうは言っても、レナートに無理を強いているのは自分だと言うこともわかっている。生真面目とも言えるその後姿を見ていると、クライスト子爵の件が片付いたら少し大人しくしていようかと、つい出来もしないことを考えてしまう。
レナートの姿が完全に見えなくなり、セリーナは改めてカーテンを堅く閉ざし机に向かった。そこには、既にカルロとマリアが控えていた。
「まったく……皇宮内は大騒ぎですよ。アーヴィング家の公子からのお誘いを断らずに済んだのは幸いですが、よく、まあ、本当に世間を騒がせることを思いつきますね」
闘技会の件は、すでに皇宮内にも広まっているようだ。
ただ、その噂話だけで、実際に現場を見ていたかのように状況を察するカルロに感心してしまう。
カルロの言う通り、ユリウスから夏至祭の誘いを受けた時にセリーナが考えていたのは、体よく断る方法だった。『ユリウス様が遊ぶ余裕もないほどに忙しくなってしまえば良いのではないかしら?』と考えを巡らせ、思い至った結果だ。
実は、セリーナは夏至祭のたびにこの闘技会を心待ちにしていた。入場券は販売と同時に購入し、当日は早朝から男性に変装して、場内を見渡せる席を確保して騎士たちに声援を送った。――もう、そんなことをコソコソとしなくて良いと思うと、心も軽く自然と頬が綻ぶ。呆れ顔のカルロに、セリーナは胸を張って答えた。
「ふふ、でしょう? やっぱり、私って天才よね」
「まっっったく褒めておりません! 魔法師一人雇うだけで、一体幾ら掛かると思っているんですか」
「もう、心配性ね。それに関しては、ちゃんと収益を出す方法も考えているから大丈夫よ。それより、言付けていた場所は用意できて?」
カルロは、頭痛を抑えるように頭に手を添えながら、首を縦に振った。
「……ええ。クライスト子爵の作品を出展するオークション会場は、闘技会の翌日に押さえておきました。子爵からの返事が届き次第、会員の皆様にも案内状をお送りする予定です」
「よくってよ。折角のお祭りなんだもの、やっぱりこのくらい盛り上がらなくちゃ面白くないわよね」
セリーナは鼻歌交じりで椅子に腰かける。カルロの問いに答える為にも、机の引き出しから帝都の地図と白紙の用紙を取り出し、それぞれを目の前に広げ羽ペンで文字を綴っていく。そんなセリーナに疑問を抱くこともせず、マリアは感嘆の声を上げた。
「さすが、セリーナ様ですわ! 闘技会の淑女禁制を破ってくださるなんて……本宮の侍女達も大盛り上がりでした。アーヴィング公爵家の『蒼鷹』、ヴァーグナー公爵家の『焔虎』、フィオレ公爵家の『銀鯨』、どの騎士団もカラーこそ違えど忠義に厚く、騎士道を貫く英雄のような方々と聞いております。これを機に騎士様と縁繋ぎになりたいという女性が後を絶たないでしょう。どの宮の侍女長も、休暇の申請が殺到して割り振りに頭を悩ませているようでしたわ」
騎士は、この国では高位貴族の令息に並ぶ人気を誇る。給金は高額で、団長クラスともなると騎士団の規模によっては男爵や子爵――場合に寄っては、伯爵並みの財産を持つことが出来る。もし殉職しても、寡婦は生涯に渡り所属騎士団の保護を受けられることになっており、爵位の低い家門のご令嬢ほど騎士の妻になりたがる。
しかし、残念なことに騎士は常に職務優先であるため、社交の場に顔を出す機会が少ない。今回の闘技会は、またとないチャンスになるだろう。
この盛り上がりを最大限に利用したい。その為に、整えなければいけないことをリストにし、必要なものやことを書き連ねる。
「協力者がいるわ。少なくとも二人……それに、準実働部員を追加に十人程かしら。それぞれに私から連絡を取っておくから、当日は協力して頑張りましょう? 今回は、マリアも実働部員よ。よろしくお願いね」
「光栄です。死力を尽くさせて頂きますわ」
マリアが美しくカーテシーをする。
カルロは、溜息を吐きつつ、ボソリと呟くように尋ねた。
「……フィオレ卿の目を逸らすくらいなら、ここまでしなくとも方法があるでしょう。ここまで大掛かりなことをする、目的は? 」
確かに、クライスト子爵の件を完遂する為だけなら、ここまで大掛かりなことはしなくても良い。けれど――と、セリーナは、これまでのレナートのことを思い出す。
彼の見た目を恐れて距離を取る周囲の目。心の優しい彼だからこそ、その一つ一つに敏感に反応して、自分の存在を薄くしようとしているのが分かった。
どれ程の時間をそうして過ごしてきたのだろう。そう考えるだけで、心が痛む。
(……だから、私が変えてあげる)
折角、縁があって側にいてくれる人なのだ。それも、自分の命を懸けて守ろうとしてくれる存在。そんな彼のために、自分ができる限りのことをしてあげたい――そう思うのは、ごく自然なことだろう。
「目には目を、歯には歯を……怖いものには、怖いものをってね? さあ、楽しい悪戯の時間のはじまりよ。彼は、私の悪戯を気に入ってくれるかしら?」
セリーナは、ペンを置き二人にリストを見せる。
カルロとマリアは、目を見開いて表情を固めた。
「二人共、忙しくなるわよ。準備はよろしくて?」
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